■ドストの悪霊を読み終えました。以下雑感です。
・女性の懐妊率が何故か高い 相手は大体スタヴローギン ・同じくらい、(女性と赤ちゃんを含めて)登場人物の死亡率が高い
・マリーとシャートフ、マリー(とスタヴローギン)の息子は、死ぬ必要なかったんじゃないだろうか
・ダーリアは多分スタヴローギンの子供を授かった事がある そして生むことが出来なかった ヴェルホヴェンスキー氏が執拗に「不始末」「不始末」言うのは、そういうことらしい
・そして多分、マリヤもスタヴローギンの子供を授かったのだろうと思う ただしこっちは兄貴の手で闇に葬られたのではないかと思う だから兄貴がスタヴローギン一家をゆすろうとしているのだと思う
・悪霊というと、「死」が多いと言う事で有名だそうだが、自分はシャートフ夫妻が余りにかわいそうに思えた。夫妻と赤ちゃんは亡くなっている シャートフは殺されて死亡、マリーは絶望の中死亡、赤ちゃんも面倒をみてくれる人がいなくて死亡している
ドストなので、信仰というテーマを表現するのに、すべてのエレメントをぶちこんでくるから、その一環かと思うが、ほかにどうにかならなかったんだろうか
スタヴローギンに信心がない事を表現するのに、犠牲になった女性達と赤ちゃんを出したんだろうか
スタヴローギンが女性にひどいことをする理由は、「淫蕩」の一言で説明されている。自分から自分のすることを淫蕩と言うあたりがドストらしいんだが、救いようがない 「淫蕩にふけ」れば得るものがあるかもしれないというのは、本当にダメな男の思いつくことだと思う
そういうスタヴローギンが最後、ダーリアを側におかない理由が、文字通り「愛している」からというのなら、本当に腹の立つ男だと思う
ドストの小説の場合、大体登場人物に「しんみりさせる」タイプの人が少ないのだが、悪霊は本当に少ない
ワルワーラ夫人とヴェルホヴェンスキー氏が清い仲だったというのは、ちょっとわかる気がする 夫人は氏をバカにしているから一緒にいられたのであって、万が一氏が彼女の「旦那様」になったら、彼女は耐えられないと思う
プライドが高く行動力のある女性の恋ってのはどんなだろうと思うが、いきつくところはリーザなのかもしれない ドストの小説って面白いのだけど、側においておきたいタイプのものじゃないかもと思う かといって英国式に「結婚して幸せになる」話は苦手かもしれない |
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