凛ちゃんが好きなもので、吹が持っていないものってなんだろうと。万事太っ腹な男・凛ちゃんと、彼の弟の一人である西新宿五丁目吹に感じる距離感ってなんだろうと考えてました。(私がそう思うだけで、普通に仲いいと思いますが。)
多分「毅然とした態度」「自由」じゃないかなと。慎太郎が新宿に君臨している以上、そして家族思いの彼である以上、吹は常に「新宿の駅の一人」としての意識があるでしょう。何かと妥協することも多いでしょう。そこが自由な性格の凛ちゃんの、吹に対して引っかかるところなんじゃないかなと。例えば周囲に駅が少ない六本木や都庁なら、自分のカラーにこだわる事も多いでしょう。普段大人しい六本木が、自分の駅前だと急にいきいきしてくる描写がありますし。
吹は自分じゃどうにもならない事(新宿なのに静かとか、副名称とか諸々)をいっぱい抱えているから今の吹なんであって。凛ちゃんに敬遠されることなんかないんですが。自由人の凛ちゃんには重く感じる時がありそうです。零二が言うように、吹は真面目な男なんだと思います。ふわふわした一の、精神的な止まり木にもなっているのでは。学からも、親近感を感じてもらっていたらいいなあ。
よく帝国ってアニメや漫画に出てくる単語ですが、史実で帝国らしい帝国というと、ローマ帝国、中華帝国といろいろあります。近年のものだとアメリカもそうらしいですが、とりあえずハプスブルク帝国でしょうか。ドイツやフランスは旅行した事がありますが、ウィーンやハンガリーには行った事がありません。ヘタリアで知った部分もありますし、行きたいヨーロッパの地方の一つです。
学生時代、エリザベートを好む知人がいまして、絶世の美女だった皇妃の話を何度か聞いたことがあります。自分は当時からビスマルク好きだったので、あれこれ言い合った記憶があります。オーストリアのお土産品に必ずと言っていいほど印刷されている皇妃について、知識はあったんですが、そのドラマをちゃんと読んでみたことはありませんでした。
なんかこう、気まぐれな悲運の美女ってあたりが苦手でして。すでに弱体化していたハプスブルクの崩壊過程の方が気になってしまっていました。政治的にはプロイセンの方が活力を得てきた時代ですし。あと、あんまり政治的でない彼女のお話に、つい陶酔しそうになるのに抵抗がありました。絵本のなかのお姫様に自分を重ねて、ウットリしている自分を想像すると、一人突っ込みせざるを得ません。
今、藤本ひとみの「皇妃エリザベート」を読んでいます。ミュージカルを見る機会があったことと、表紙を飾る魅力的なお妃様の絵にひかれました。奔放で夢見がち、周囲に愛情を求めるかと思えば、毛嫌いした対象には見向きもしないだろう、困った彼女。帝国の衰退は明らかなだけに、最後の花というか、彼女の名前を目にするたびに、「これでよかったのか」と思ってしまいます。
堅苦しい見方はさておき、「ウットリ」したい時にはうってつけの物語の一つだと思います。マリー・アントワネットやジョゼフィーヌ、英国女王達の物語よりも、さすがハプスブルク帝国といった豪奢さと、淀んだ雰囲気が濃厚です。乙女系作品で感じることがある、閉じられたぬくもりに似ています。
ミラクル☆トレインもそうですが、「(異性から)尽くされたい」欲求ってあるのかもしれません。もっとお堅い歴史小説も沢山読んだものですが、知的好奇心を満たされつつ、乙女系要素も自分フィルターで感じとり、知らない間に楽しんでいたのかもしれません。
(三国志の蜀の後半なんて、インドア派「悲劇」の宰相が、いかつい武将たちや慕ってくる民衆の上に立ち、国家的「悲願」に挑むという筋書き。悲劇、悲願と言いつつも、結局は孔明の自作自演だった気がしないでもない。大真面目な自作自演なので、彼を責めることなんてしないし、実際の彼の慕われ方は、ちょっとしたものだったから、別にいい。
孔明に感情移入して三国志を読むと、周囲と激しく尽くし尽くされるカタルシスがある。孔明は、なんか一生誰かと恋愛していたような人に思える。) |
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