冬コミの新刊のタイトルは、「本日休診」の予定です。ドクター高松中心(ルザ高、キン高)、A5、54Pくらい、小説・漫画パラレル有、価格200円の予定です。よろしくお願いします。(今調べたら版権もののタイトルと同じなのでまた考えます。)
1冊目が「ユニバーサル・ドクター」、2冊目が「お医者と紳士の本」、3冊目が「119」なので、同じ雰囲気にしたつもりです。新刊の内容は「奥様はマッドサイエンティスト」ですが、そのタイトルは流石にまずいと思いました。でもルーザー様がキンタロー坊っちゃんと養育係の高松と住む家を構えた場合、門口には番犬の代わりにバイオ兵器がいるんだろうなと思いました。一見普通の植木鉢なのに、不審者が来ると巨大化して相手をつるし上げる朝顔とか。
「考えて動く植物」という理科の教科書が書き変わる研究をしているのに、過激すぎて評価されない閨秀科学者(うん一応)・高松。
(研究内容は優れていても、生まれた植物の性格が高松のコピーに近いとすれば、汎用性が低そう。「ルーザー様とキンタロー様のためにしか用をなさず、放って置くと煙草と賭博と隠居に走り、いじけやすい」バイオ根っこ人間達なんだと思う。こんな高松及び植物群に尽くされるルーザー様とキンタロー坊ちゃまの気持ちは如何と思うが、彼等の気持ちを勝手に先取りしていじける高松なので始末に負えない。彼等も高松の性格を知っていて、「高松ありがとう」「今日の御飯美味しいな」とかちゃんと言っている気がする。いじけやすい反面喜ばされやすい面もあるので。)
すごくどうでもいい事なのですが。南国&PAPUWAの原作者はスクランブルの意味を解しているのかなと、ふと思いました。字の如くスクランブルの主な意味は緊急出動ですが、原作者は漫画のタイトルに2回スクランブルという言葉を使っているので、余程好きな言葉なのかなと思います。いずれも攻撃的な意味合いで使っているので、軍事用語の緊急出動の意味なのでしょう。(まさかダブっているのに気が付かないなんて事あるのか)。
■スクランブルっていうけど、平常時は描かないのか。「日常」と思われる場面は一応描いてあるけど、日常〜スクランブル〜日常の繰り返しの様で、普通に働いている雰囲気が無い。自分の思い込みや読解力不足もあると思うけど、緊急時しかキャラの動きを想定していないのかという、つまらない突っ込みがしたい。 ■救命医療、消防、警察など、緊急性に特化した仕事もあるけど、そういう必死な内容の漫画ではないと思う。恐らく「こんなにすごい事をこのキャラはしている」というアピールのためのスクランブルという発言なのだと思うけど、すずめちゃんよりひばりさんの方が目立ち、スカイよりサブキャラの執事という影の薄い茶羅の方が何気に働いている事実。
サビが何かに似ていると思いましたが、谷崎の小説の「卍」の悪徳ヒロイン・徳光光子嬢でした。
■自他共に認める若さと美貌を持ち、都合のいい事しか考えない性格、嘘を平気でつく、倫理観が薄い、刹那的な快楽に走る、ナルシシズム、浪費家、見栄っ張り、自分の事にならいくらでも頭が回る ■家が金持ちの権力者、ヒマな御嬢様暮らし、肉親も甘い、親泣かせ ■崇拝者が常に複数いる、弱い者を自分の都合に巻き込む ■自分こそかよわい被害者だという顔を常にしている ■自暴自棄な所もあり、自傷行為が珍しくない
サビ高、高サビというのがもしあるのなら、卍の光子嬢と園子夫人の様な、女王と女奴隷の様なものかもしれません。ジャンは綿貫でしょう。
女性の同性愛小説として有名な卍ですが、読んでみると、谷崎が光子の身体的・精神的魅力を描こうとして、男性が若い美女を崇拝しても飽き足らないから、同性の語り手である園子を配して、「光子さんお綺麗」とか言わせている様に読めます。光子の肉体の美しさに見とれる園子の描写もありますが、谷崎が園子に乗り移って、存分に光子の体をなめる様に見つめている気がしました。
エロと言えばエロですが、谷崎の文章力のせいか、センセーショナルな感じと言うより、いつもの谷崎でした。(自分がもう谷崎の味に麻痺したのか)
谷崎は渾身の力で「卍」を書き上げ、次なる物語の世界へ羽ばたきましたが、南国&PAPUWAの原作者は素でサビの様な男を造形したとすると、特筆すべき事なのかもしれません。
ちなみに谷崎の作り出した別のヒロイン・ナオミは一見譲治を不幸のどん底に叩き落とす悪女ですが、譲治こそが、美しく悪い女性からひどい目に遭わされたくてならない男なので、ある意味ナオミは譲治の願いを叶えています。普通にご飯を炊いてくれたり、家をきれいにしてくれる奥様を求めなかった譲治に訪れた幸福こそ、ナオミだったのでしょう。彼女は普通の女性としての幸せよりも、(譲治の希望通り)譲治を悩ます嫌な女になる事を選んだ気がします。 |
|