■司馬遼太郎の街道をゆくを読んでいます。日本津々浦々の街道を、平等に作家としての慧眼で語る・・・訳ではなく、何度も滋賀県・奈良県の「お話」が出てくるあたりで、これ、司馬遼太郎のエッセイだなと思いました。紀行文とも思えず、随筆なのかなと。
さて琵琶湖について作中で触れた時。田中角栄式の土木工事に疑問を呈する個所がありました。琵琶湖や生駒山が荒れてしまったのを目で見ての、司馬遼太郎の述懐なので、私は多くは言いません。
しかし、田中角栄はグンマ・新潟には恩人ではないかと勝手に思っています。浦佐駅の立派な新幹線駅を見て、政治駅だ〜と思われる方もあろうかと思いますが、逆にグンマ・新潟に新幹線・関越道が無かったら、とても困るのです。
学生は希望する進学先に行けないかもしれず。社会人は、経済的に首都圏から隔離され、文字通りグンマ・新潟は陸の孤島です。男性はそれでも理由をつけて雪山の向こうへ行くかもしれませんが、女性、子供、老人だけが残された山間部の冷え切った感じは、司馬遼太郎には分からないでしょう、都会の男だから。
小国寡民、牧歌的、駘蕩、可愛いものが好きな司馬さんには申し訳ないですが、ああこの人は、ベンリであったかい阪神間の人間なんだなと思いました。関西に行くと、京都、滋賀、大阪、神戸あたりの交通がとても便利なのに驚かされます。
司馬さんに「雪山」で暮らす恐怖を語る気はないし、琵琶湖のかつての荒れぶりは有名ですが、角栄が推し進めた新幹線も高速道路も自分は有難いものに思えます。 (街道をゆく執筆当時、東海道新幹線はあったはずなので、司馬さんは世代が違うとかの事は言えないと思う。東海道新幹線の有難味も、地方人にしか分からない事なんだろうか) |
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