■細雪の蒔岡家の財産なのですが。幸子一家が蘆屋で贅沢に暮らしているのは、幸子の夫の貞之助の稼ぎなのでカウントしません。戦争のために株券等が紙切れ同然になりつつある時代なので、少なくても鶴子の所帯を楽にしうる金高ではないと思われます。
つまり。妙子と板倉が思っていた様な資産は、物語の冒頭で既に霧散していただろうと思われます。雪子・妙子の結婚が本当にままならないのは、家の名前も財産も降下気味だったのが関西一円にばれていたからでしょう。
(なのに関西の人達は、蒔岡家を大金持ちの様に扱わざるを得ない。ちなみに松子夫人は疎開先でも一定の暮らしが出来ていたらしいので、本当の金持ちだったのか)
妙子には「あかたも名前と財産があるかのように振る舞う」義務と意義だけがあって、実はフランスに渡航するお金も、洋品店を開くお金も、劇中には存在しなかったのだろうと思います。
鶴子が「こいさんの婚礼のためのお金はとってなくもない」というのがハッタリなのは、雪子の婚礼のためのカネが辰雄に用意できなかったあたりで明白です。
細雪って。最初はお金持ちの暇な女性達のお話と思いきや。最早「暇なふり」をする事さえ義務で意義になってしまった、悲しい話の様な気がします。「そんなに生活が苦しいの?」「だから雪子も妙子も独身なのね」という嘲笑が、鶴子夫妻にグサグサと始終突き刺さっていたのでしょう。
細雪というか谷崎の小説は。一見、派手で豪奢で暇そうな男女の話が多いのですが。何回か読んでいると悲しくなるものが多い気がします。
■新しいグンマ様の小説も、読んで下さったようで嬉しいです。南国後半の、家族思いで可愛くも男らしいグンマ様をイメージしているのに、温かな話になりにくくて申し訳ないと思っています。
グンマ様は。一見小柄で泣き虫の女々しい?イメージさえ拒めない青年ですが、あのマジックの息子として左程逃げないで暮らしているあたりが、とても男らしいと言うか、人間として強い子なのだろうと思います。
グンマ様の内なる強さ的なものを書くのは、とても難しいです。
谷崎の細雪の雪子も、「内面」をとても強調される女性ですが、彼女の「強さ?」が表に出て来るのは、義兄に逆らう時・お見合いを断る時・妙子や板倉を拒絶する時と、相対するエネルギーがあった時だけです。
雪子の「風邪にかからない」「礼儀正しい」などの長所は、実はあまり家族以外には評価されていません。風邪にかからないことが自慢というのは余りに分かりにくい長所です。
幸子達が苦心している「見合い」を滅茶苦茶にするのは、彼女なりのマナーの形であって、陣場さんや、見合い相手の男達の理解を得るものではありません。
自分もグンマ様の「強さ」を思う時、あの高松の「息子」だった何十何年間を思うくらいで、「形」が見えません。でもグンマ様の笑顔と言うのは、無痛・無自覚なもんじゃないんだろうなと思うと、ゾッとします。
(雪子の場合は、あの貧乏し出した蒔岡家の懐事情を知っていながら、どうしても名家や金持ちの男としか。見合いしたがらない彼女の沽券が怖い。雪子は実はただの落ちぶれた家の、性格に難のある若からない女性なのだが) |
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