■ドストエフスキーの罪と罰を読んでいます。一回、遊佐さんが出ていたドラマCDで聞いた事のある小説です。面白いです。有名すぎて、読むと自慢になる世界名作かもしれません。
(自分は自慢したい動機で本を読むんじゃないと思うが、本を沢山読むくらいしか褒めどころのない、根暗のガキだったので、その名残がある オバサンが誰に自慢する)
■あっという間に10月が来て、仕事の方が少し緊張感のある時期になりました。とはいえ、勤務時間は決まっているし、給料・健康保険他の面があるので、仕事の方はあんまり不安を感じていません。
唯一の懸念は人間関係ですが、長期間勤める人の多い職場なので、皆無理をしない傾向の様です。何回か個人的にコテンパンになった事がありますが、「この職場からは退けない」「いやになったら原稿にでも向かおう」とこらえた気がします。
そう
原稿やイベントって、あくまでそれが主力ではなくて、余暇なんだろうなと思います。余暇しては、「この仕事がキレイに片付けば、落ち着いて原稿が出来る」とか、自分の出力を上げる事につながっています。
自分の生命の何割かは、高松で出来ているんだろうと思います。それは恥ずかしい事でも何でも無く、食事や睡眠、排泄等と同じくらい必須なのだろうと思います。
鉄道も温泉も読書も大好きですが、自分で書く、下手でも何でもいいから描く欲がないと自分はダメかもしれません。イベントの出張編集部から頂いたコメントが頭の中をグルグルしています。「見せゴマがない」「食べ物や服を、それらしくかけていない」とか沢山あります。
生まれ変わってもそんなん出来ないよと思いますが、多分前と同じようなよく分からないものを、泣きながら描くのだろうと思います。こんな思い、受験・就活・就職したての頃他(結構ある)ぶりな気がします。出来ないよう、出来ないようとメソメソするんです。
(高松の白衣をパリッと描くとか。グンマ様のお菓子を美味しそうに描くとか、キンちゃんのスーツを(以下略)、出来ていないのを認める事にエネルギーを使った。
多分、描けているつもりだったのだろうと思う。お菓子だか粘土だか分からないものを、私のグンマ様は口にしている。高松の白衣はでれっとしているし、キンちゃんの(以下略)、だって出来ないんだよ、描けないんだよと半月くらい泣き暮らした いまちょっと描きだしたけどあんまり変わらない) |
|