 ■今年の目標は、疲れない事でした。大体完遂したんだろうと思います。今日、日曜ですが仕事でした。元旦も仕事です。仕事より疲れるものがあるから、仕事の方がいいです。仕事と原稿があれば、多分生きていられると思います。
■グンマ様と高松の冬のお話を考えていました。冬、マジックがいつもより更に熱心にシンタローを可愛がる季節。「おじさま」を頼りにくいグンマ様と、グンマ様の家族じゃない高松の、冬の過ごし方。
■雨が降っています。降雪にならないと、グンマの山奥の観光は困るのですが、生活する上では雨の方が有難いです。車のフロントガラスも凍らないでしょうし、車の発進も楽です。肌も降水時の方が湿気を含んで楽になります。
■以下、ピアノの森雑感です。
・物語冒頭の、森の端の描写が濃厚だったので、あのまま最終巻で行くんだろうかと思ったら、そうでもなかった。
阿字野先生が、キムチ納豆と黄色いタクアンで、どんぶり飯をかっ込む姿は想像出来ないが、多分しないのだと思う。阿字野先生、霞でも食べているんだろうか。
冒頭のカイは、阿字野先生を結構けちょんけちょんに言うが、後半になるにつれて、先生の富裕層ぶりが明らかになる。(すぐ赤くなったり、やや天然で真面目だったり、お母さんのためにピアノを弾いていたシーンでの「裕福」ぶりは早くに分かっていたが)
若い時分にフワフワの黒ロングで、フリルたっぷりのドレスシャツを着ていた事があると言う時点で、この人は、キムチ納豆とタクアンは食うまいと思う。結構うまいんだが。
トドメは先生の実家のお屋敷ぶりなのだが、相続税が払えただけで、先生のお金持ちぶりがよく分かる。
・カイは極端に悲惨な生まれと言える。自由に遊んだり、勉強する時間さえ、カイにはなかった。
そんなカイが、冒頭で阿字野の援助にしり込みするのはよく分かる。普通なら、親からの無償の愛、援助を経験しているだろう年頃なのに、カイの人生は恐ろしく初めからギブアンドテイクな人生だった。
阿字野先生の天真爛漫さはいいのだけど。カイも先生の援助が真面目なものなのは、早い頃から理解していたと思うけど。恩を着せられたとか、思ってしまう部分があったのかもしれない。これはカイと阿字野の関係というより、カイの価値観のお話だと思う。
大きな恩をカイは阿字野先生から感じたからこそ、ラストでの阿字野先生のカムバックリサイタルなのだろうし。マリアとしてのバイトもあったのかなと思う。あんなきついバイト、先生が勧めるはずはないし、カイの意地的なものもあったのかなと思う。
野菜も包丁で切った事のない修平には、理解も想像も及ばないカイのお話なのかなと思う。カイには自分の力で得た友達が大切だったけど、常に取り巻きや母、教員などから丁寧に扱われてきた修平には、カイさえ、ただのオブジェクトに見えるのかなと思う。修平には、周囲の人達が血の通った人間に見えていない気がした。
そんなこんなで、自分なりにピアノの森を理解しようとしている。全巻読んで、思ったよりカイと阿字野のシーンが少ない気がした。カイは阿字野の御飯焚きでも、掃除係にでもなろうとしたが、阿字野先生には響かなかった模様。ちょっと残念。
カイは先生からの恩が増えて返せなくなるより、少しでも着てしまう恩が少なくなるように、一人暮らししていたのかなと思った。いや普通に男の子だし、ガールフレンドに自由に会えるような環境の方がいいよね?というのが、健全な感想なのだろうか もう少し阿字野とカイのシーンが見たい。自分で書いてみようか。 |
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