■先に自分が楽しいことを書きます。
諸葛瑾お兄様ってあの時代だと長命な方ですが、それでも孫権は「置いて行かれた」事になります。赤壁の戦いの頃は若造扱いで、年上ばかり周囲にいた孫権が、お兄様の晩年は文字通り「置いて行かれた」様だったのかなと思います。
赤壁の頃は周瑜がいて、魯粛さんがいて。呂蒙、陸遜、二張、孫堅パパや策兄さんの頃からの人が大勢いました。呉が魏とどうにかバランスを保てるようになった頃には、なぜかすごく寂しい感じになっていた気がします。
呉は安泰を得たのに、どうして皆控えめになったのだろうと思います。有能な人も、財力のある人もいたはずなのに。呉自体、周瑜が生きていた頃のような拡張を選ばなくなり、外交で生き延びることを選んだから、でしょうか。
つまんないと言えばそれっきりですが、表には見えてこない恐ろしい陰りみたいなものを、子瑜お兄様はいつも見ていたのかもしれません。危機感のある男ってかっこいいというか、もし漢末から三国時代に生まれたなら、お兄様より先に死にたいものだと思います。
■近所の駅に、4月のコナン劇場版のポスターが2枚ありました。シンカリオンのポスターと並んで貼ってあり、コナンのビジュアルの中にリニアっぽいのを見つけ、一人でにんまりしていました。
先日行ったらコナンのポスターが無くなっていました。関西に行けば、コナンのミステリーツアーのポスターがあり、駅=コナン=楽しい、という勝手なリンクがブチ切れたような切なさを抱いて、駅を出ました。
コナンはあるのだ、春がくればいつものようにコナンの劇場版が公開され、皆がコナンを見て、イベントが盛り上がり、今の不安は一掃されるのだという甘い期待が消えた気がしました。(※劇場公開は今のところ予定通りだそうです)
多分、コナンの劇場版の前売り券の発売について、一部変更があったから、ポスターも撤去されたのかなと思います。よく絵を見ていませんでしたが、おそらく、豪華な特典付きの前売り券の広告も兼ねていたと思います。
駅の中に、本当に鉄道関連だけの広告しかないのは、寂しいです。寂しめの車両だと、路線図さえない駅もあります。地元の専門学校の広告がやっとあるくらいの車両に、結構自分は乗ります。
昨今危険だという、混雑からは無縁のグンマの鉄道ですが、さる県内の路線でも「俺は陽性だ」とわめいて一時間電車を停めた紳士があったそうです。何が彼をそうさせたのか分かりませんが、大体そういうことするのは男性のように思います。
貴方が思い込みでわめいたから、ただでさえ電車が怖がられている昨今、余計に人の恐怖をあおるでしょうが、と非常なる怒りを覚えました。電車に罪はありません。 |
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