■斜に構える訳じゃないのですが。もしヤンソン女史がムーミンを生み出すような天才でなかったら。芸術一家の濃い血、創作活動をよしとするような空気の中に生まれなかったら、と思います。
自分は天才でもなんでもないのに、「人と合わせられないらしい」体質だけ持って生まれました。生きるためになら「人と合わせる」しかないので、そうやって生きています。死にたくないし、まだ楽しい事したいので。
ムーミンと言う世界は。「自分の才能で十分生きられるような、素晴らしい天才が生み出した奇跡の世界」なら。到底共感できないような部分もあるのかもしれません。鑑賞するにはよくても。
(漱石も十分天才だと思うんだが。漱石の場合、家庭的不和、体調不良、子孫の起こす騒動等あり、あまり根本的な「壁」を感じない気がする。)
■三国志好きだったのですが。近年とんと読んでいません。何万の軍勢、何千人の死者とか平気で出てくる世界です。
三国志だけ読んでいれば、へえと思うくらいですが、多分それだけの人間、しかも働き盛りの男がいなくなったり、死んだりしているととんでもない損失です。悲しいとか辛いとか以上に、地域の生活が成り立ちません。
当時多くの耕作地が放棄されたとも聞きますが、田畑を世話している時間も余裕もなかったのでしょう。ただただ恐ろしくなりました。
日本の歴史ものだと、チョイチョイオリジナルの「村娘」とか出して、武将と絡ませることがありますが、あれは「当時の一般人の目」を意識したいかららしいです。「武将の戦功だけみたいんだと思ってしまうと、邪魔になる時もありますが。
三国志の場合、そういうチョイ役を出すには地の設定と人物関係が複雑なのであまり出てこない気がします。それ故に、あの広い国土が灰になっていくのを想像してしまいます。
■毎日同じような事を書いていてすみません。とりあえずコロナ禍が終わったら、三泊四日くらいで沢山旅行しようと思います
・桐生〜わ鉄で間藤へ、間藤からバスで日光へ、鬼怒川温泉に泊まってグンマに帰る
・山陽本線、山陰本線乗り鉄
・門司港
・九州一周
やっぱり、自宅に近い場所の方がイメージがわきやすいです。いつだったが直江津港でフェリーを降りた時、「直江津駅行きのバスご利用の方」と、船員さんが大声て言っていました。
「歩いていけばいいじゃない」と簡単に思った竹淵。実際歩いたら、暗い上に方角しかわからず、スーツケースは傷つくわ、ああ知らないって嫌だと思いました。
こんなんでいつか九州に行けるんだろうかと思いますが、そう言えばフランスだのスペインだの、ほぼ一人でいって来た事があります。
知らないってヤダと言うか、知らないって本当に知らないんだなと今思うと怖いようです。何年か前、どうかしたように国内外の旅行にお金をつぎ込んだものですが、それは何かを「知っていた」様な行動だったのかもしれないと思います。 |
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