■伝統伝統って、最近のニュースはうるさいなと
勤勉なのが日本人の伝統と言うのなら
時計が「二時間刻み」だった江戸時代は何だったのかと。(子の刻、等しなかった つまり今よりとても大雑把で、更に時刻の感覚は町や季節によってまちまちだったと言う)
キリスト教の扱いだって
秀吉の頃の布教〜禁教〜激しい弾圧 開国後の外国人からの指摘で、信じてよくなった
他、結構江戸時代のタブーが「外国人の指摘で」タブーでなくなった例があるかなと思います。「男女混浴」「お妾さんOKの空気」「女性は神社や山の頂上等に行ってはならない」などでしょうか
まさか、伝統伝統言う人は。
「江戸時代から日本人は家族みんなで、一つのテーブルで同じ時間にご飯を食べて、クリスマスには優しいパパがプレゼントを買って来てくれて〜」「女性は相続も固定資産の所有も出来なくて〜」等思っているんでしょうか。初詣も近代の習慣です。
少なくとも。今の伝統伝統という人の思う「家族像」は、昔はごく一握りの金持ちか支配階級の暮らしだったんじゃないかなと思います。毎日違う品々をご飯に食べて、女性は家で家事をしていて〜とかは。細雪を読んでも、明らかに幸子の家とお春の家の暮らしは別物です。
伝統伝統と言うのなら、その伝統はおそらく幸子の階級以上の人達の暮らしです、大勢の女中がいるような。そんな暮らし、少なくとも日本人全員の伝統じゃないと思います。なんで日本の男は、自分も蒔岡家の人間みたいな暮らしが出来るんだと思うのか。(こいさんの服飾代は、実に当時のサラリーマンの年収以上だとか言う)
■日本の性教育は、生殖教育ですが
生殖に前向きかつ、「継続的に成功」しないと人外扱いなのはどうなんだろうと。
自分の場合、過去のいじめから男性と言う男性は自分の敵だと思っているので(あくまでプライベートではそう思う、仕事ではそんなこと言っていられない)、その勢いで自分が女性であることを忘れそうです
余りに自分が女性であることを苦痛に覚えた結果
「サンリオ等の可愛いグッズ等を持っていると、竹淵の癖にと同学年の男女全てが嘲笑する」
「デブで毛深かったため、夏服の可愛い服なんか着ようものなら、ケダモノ扱いだった かつ多汗でバケモノ扱い おまけに多感な頃に顔面全部ひどいニキビで最早人外扱い」
「結果、ちょっとでも「異性に関心がある」そぶりをすると、異星人が地球人に興味を持った如く、あざ笑われた」
等を感じないようにするには
竹淵も、一人で生きてける「男性」になればいいと心のどこかで思うようになりました。ウテナが王子様になると決めるのと同じくらい、滑稽な事でした。
よく考えると、酒のみで乱暴で、女性を軽蔑し、裏表の激しい、欲深な周囲のよく知る「男達」になりたかった訳じゃないんですが
歴史小説にあるような、凛とした男性に憧れたと言うか。よく考えると、例え諸葛孔明でも、全てが凛としているかと思うと自信がありません。
ただ余りに、周囲の大人の女性が「駄目な男に振り回される」女性ばかりだったので、自分には「女性の人生」は耐えられないと早々に思うようになりました。
くだらない男に自分の半生を捧げてこそ、女の人生というものらしいですが。自分はダメな男に、自分のエネルギーを食われまくった上に、財産を奪われた挙句、ブスだ女らしくない、等言われたら相手を殺しそうです。
幸い、誰も殺さないでここまで来れました。とにかく、仕事が恋人じゃないけれど、自分の思う「男」になろうかなと思います。ウテナの思う王子様くらい、ありえない姿ですが、とりあえず自分の思う「カッチョイイ」を信奉する権利くらいあるでしょう。 |
|