■法正について考えていました。功績は大きいのに語られにくい人です。素行は最悪だったそうです。
恩は返す人だったそうですが、「されたこと」に対しては劉備が蜀に来た後全部、返したそうです。彼が蜀に来てから不遇だったのは分かるんですが、そこまで何を「された」のかと思います。
また何でそこまで蜀の人達は、法正に「しちゃったのか」と思いました。法正が生れは蜀の人じゃないってのが大きいと思いますが、それくらい、「地元じゃない」人ってのは不安定なもんだったとも言えそうです。
(子瑜お兄様がとかく慎重な男だったのも、この辺のせい 不遇ならまだいいが死ぬこともあるレベル)
■よく考えると。以下、金田一雑感です。
殺意って、最後の感情なんじゃないかと思う。
殺す殺さないを日常的に考えなくてもいい環境にいるとして、それでも相手の死ぬ姿を想像して「楽しくなる」のは、余程の変質者か、相応の経緯があった人なんじゃないかと思う。
「あいつ不幸にならないかな」ないし「タンスの角に小指ぶつけろ」くらいは、誰しも思うと思う。これが「あそこの交差点で事故って死なないかな」「スズメバチに〜」などになると、若干怖い
怖いのは具体的だから
具体的に、こっちが偶然を装って仕掛けて殺したいくらいの殺意が実際にあるから
穴二つになりかねないから
こういう事を考えていると
「明るく暮らせよ根暗〜アハハハハ」とか言われるんだろうなと思う。
こっちも明るく暮らそうと努力し、相手に殺意を抱かなくてもいいように、歩み寄りだの協力だの図った時期があった。しかし全部スルーされた
(そもそも幸せになる努力ってのは、得てして無気力や絶望感等のトリガーじゃないかと思う。幸せな人って、そんな賽の河原しないだろうし)
いわゆる論破男だったのだろうし、議論ってのは相手の言葉をしっかり聞いて初めて成立するものが、政治家みたいに最後は「(散々こっちを罵倒しておいて)そんなこと言っていない」「それは受け取る方の問題」「貴様は心が狭い」等、よくこれで殺意を抱かれないと思えるなと思う
そう、なんで実際は殺さないかというと
相手の尊厳を奪うと言う「ささやな」犯罪は取り上げられにくいけど、相手の命を奪うのは分かりやすい犯罪だから。レイプや痴漢は「心の殺人」と言われるし、体にもいい訳ないが「減るもんじゃない〜」「初めてじゃないんだろ?」「お前が誘った」等、セカンドサードの苦痛さえある
さあ殺そうかと思っても、代償がちょっと大きい。相手が自分の尊厳を奪ったのは社会が裁いてくれない、ならわが手でと思うのは自然だと思うんだが
そんな時に、殺人ミステリー
かよわい女が、非道な男を刺し殺すなんていいじゃないか!と本の中で、カタルシスが期待できる。
はずなんだが。よく考えると、超ヒット作を生んだお金持ちの男性作家に、女=レイプ=妊娠、くらいに単純な絵面しか期待できず。そんな物語を女性作家の筆で清く描く?と思ってもなんか違う
シムノンが最後まで、ささやかな殺意を書いていたのを思い出す。それがシムノンの特徴だったのだと思うが、ライトで卑猥な犯罪につぐ犯罪って、こっちのデイリーな感情を解消はしないけど、高遠がその辺にいたらちょっと話したくもある |
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