ほぼウィキからの情報です。間違っていたらすみません。
・明夫さんのレギュラーとして出られた最初の方の作品は、平成ムーミン、ナディア(1990年)ですが
(子安さんのデビュー時に近い作品としても、平成ムーミンを挙げていいかもしれない。子安キンと呼ばれることもある、少年・服が緑色のスナフキン。・・・・?デビュー時?あれで??)
思えばロボが1992年〜の作品。
当たり前のように、六郎さんと明夫さんがコンビ役、黄信と花栄をされているが、六朗さんは
「星矢のカミュの時点で、「50代半ばで20歳の美青年キャラを演じる」という事で注目され、無事ヒットし、六朗さんの若いファンも、カミュのファンも増えた」
という伝説が既にあった(1987年時)
ちなみにロボでも、端役のはずの黄信(&花栄)の出番や戦闘シーンが倍増すると言う現象が起きた。すげー
そして六朗さんご一家が、明夫さんを支えてくれていた、ということもあるそうで(ウィキ)、結構明夫さんは当時新人の方だった、とも言えそう
え?嘘でしょ、と
あの落ち着き、無暗に抑揚があるわけではないのに、起伏と色気と、安定感がある演技で?と
キャリア的には、六朗さんが仙水をされていた時(1994年、ちなみに六朗さんのデビューは1967年)、明夫さんはデビュー7年目にあたる
声が基本的にめちゃくちゃいいのもあるんだろうけれども。ネモのように、作品自体の方向性も変えられる何かがあるんだと思う
ナディアも、本来暗い作品になったかもしれないと思う。王国一つ滅んでいるし
何故か、王国や世界の運命、クルーやジャンの死と暗い話が多いのに、結果的に家族愛の話に落ち着いたのは、ネモの子煩悩描写あたりからかなとも
ネモがゲンドウ並に冷たい男だったら。多分、エレクトラさんは自殺寸前まで追い詰められなかったと思う。
当初のネモの謹厳な雰囲気から、娘命になった変化は、エレクトラさんの精神を崩壊させるのに十分だった。
(そもそもナディアが、そんなに周囲に好かれる性格でもなかった、のも大きいのか。エレクトラとジャンは仲良かったし、グランディス一味は厄介なだけだったし) |
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