 ・用があって、前橋まで行ってきました。
高崎のにぎやかさはありませんが、県庁を始めとした官衙街で、車での移動も高崎程は大変ではありません。
で、前橋駅〜県庁くらいまで、路面電車作ろうとか、デザインがとか前から言われているんですが、あまり進展がないようです。
あまり、昔は路面電車っぽいのがあったのだと覚えていないのかもしれません。今言われてもピンと来ませんし、日光や伊香保の様な観光的な面でも、当時からして控えめだったのでしょう。
そもそも前橋は生糸の街で
生糸の隆盛ありきで、高崎から県庁を移転させたとか。県庁は 高崎 → 前橋 → 高崎 → 前橋だったとか。
・高崎に県庁を置く →
・高崎に軍が来たので、県庁は仕方なく前橋へ →
・もう一度高崎に県庁がくる →
・高崎の県庁が手狭で、一時的に前橋に県庁を移す → (前橋の生糸の隆盛期 鉄道は拒んでも県庁は呼んだか 水運があったから鉄道はノーサンキューだったとか・・だったかな)
そして現状、だそうです。つまり、「最初は高崎に県庁があったが、前橋が当時の財力で奪って行った」というらしく、高崎と前橋は絵に描いた様な不仲です。
前橋から見れば、「前橋のお城が壊れてしまい、藩主が不在で生糸商人の人達がお城を改修し、藩主を呼び戻した。しかし大政奉還で藩主も城も不要になってしまった 故に前橋城に県庁を呼んだ」そうなので、前橋も必死です。
高崎が前橋を「抜いた」のは、恐らく上越新幹線や高速道路の発展時以降だから、高崎の粘り勝ちか ただ生活は前橋の方がしやすそう
群馬と言う小さな県で、高崎と前橋が組むしかないのに、絶対に組まなそうです。そこで組んでいれば、北陸新幹線もかがやきを停めたのでは |
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