次回本、恐らく春コミ用の小説を書きながら思いました。「こういう場面で零二なら何て言うのだろう。竹淵ならこう思うかもしれないけれども、ここは零ちゃんのターン。零二なら・・・。」としばらく考えてました。
本編・エスコートボイスCDの彼が好きなので、精一杯零二らしく書きたいと思います。(勿論、一と吹も彼等らしく書きたい。)
・・・よく「これは妄想だから」いうフレーズを聞きます。自分もよく使います。意味としては「ジョークです、でも自分は本気です」という所でしょうか。
自分は門外漢ですが、妄想を医学的に言えば、例えば「自分はナポレオンである」と確信を持つに到り、そのような行動を実際に取る場合を指すらしいです。月刊男前図鑑ナポレオン編(CV井上和彦さん)を聞いて、満足するのは「妄想癖」と呼ぶのでしょう。
この「妄想」。二次創作関連ですと「妄想癖」と呼んだ方がよさそうな行為。口にされるよりずっと高度なものだと思います。
一例を出せば、CDの「妄想エステ」が、イケメンに熱くエステをしてもらえる内容だとしても、実際に自分がエステをされている状況だと「妄想」するのは結構至難です。(※バターを使うエステとか、「そういうエステもあるんだ〜」という物珍しさの方が先に立った。羽多野さんがペット役だったり、ミラトレに出ていた方も数名参加されていた。)
自分の妄想(癖)を形にするというのも、思えば至難です。大江戸線東新宿駅に行って、「ここが零ちゃんの〜」と思うのは自由ですし、その零二がどんな生活を送っているのかなと想像するのも自由です。
ですが、それを自分でまとめて発信するとなると別です。原稿を描いていて楽しいのは、例えば自分が一になって、吹・零二と一緒に遊んでいるような錯覚が濃くなるからです。そこに第三者は基本いないわけで、でも「イベント向けに発行して、どなたかに見て欲しい」という欲求もあります。妄想癖を発症する自分と、第三者としてコントロールしようとする自分が並立します。
いっそ医学的な妄想の方、例えば「自分は大江戸線の車掌だ(いないけど)」とか思いこんでしまえば、楽かもしれません。(そういう妄想は治療対象なのだそうだ。自分の抱える「妄想癖」の場合、治療されて跡形もなくなってしまうと、非常に困るだろう。糧だから。)
平成23年12月4日 竹淵 拝 madeingermany193☆yahoo.co.jp ☆→@ |
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