東野圭吾の「鳥人計画」を読んでいます。比較的古い刊行であるせいか、内容も時代がかっています。「白夜行」「幻夜」も時代性の強い作品ですが、意図的に時事を取り込んでいる印象があるので、「鳥人」の素朴なミステリー感覚を新鮮に感じます。まだ少ししか読んでいませんので、後日印象が変わるかもしれませんが。
なんで東野圭吾を読もうと思ったのか。何となく自分にとっての、東野作品に触れる意味が読めてきました。理系知識は全くない自分ですが、東野作品の善悪に囚われない部分が好きなのだと思います。
劇中の多くの犯人達に罪悪感はありますし、登場人物達にもそれぞれの正義感があります。好きなのは、悪魔的な感情から目を背けないところです。あえて露骨に書いているのかと勘ぐる部分も多々ありますが、ありがちなヒューマニズム、フェミニズム等のメッセージ臭とかは少ないんで、読んでいて気が楽になります。
誰かに嫉妬したり、理由のない悪意を持ったり、功名心を燃やしたり、安寧に暮らしたいと思ったり、身に過ぎた贅沢をしてみたいと思ったり、ちょっくらあり得ないような、暗めの若い理系方言美男子が、部屋に転がり込んで来ないかと妄想したり(・・・・いやだってそういう話だったでしょ?そこだけ無駄にピンポイント)してもいいんだなと思いました。
(「してもいい」というと言い過ぎかもしれない。「白夜行」「幻夜」の人物達は男性陣も女性陣も迫真だったが、雪穂・美冬だけは好きになれそうにない。
知っている小説で、雪穂の様に悲惨な幼少期を持っているキャラがある。無駄に悪賢く、誘うかのような美貌で、いつまでも老いない。名声も功名も一通りある人。雪穂・美冬と違う所は、亮司や雅也のような献身的な人を得たら、手放せない所。衣類等の趣味は良くても贅沢は好まないという、控え目な部分もあるが、能力と感情のバランスがとても良くない。亮司か雅也が側にいたら、身も心も寄りかかって離れない人。
雪穂・美冬について理解に苦しむ所は、財産・名声を築いた所で、ひとりぼっちじゃ寂しくないのかという部分。理由があって友情、恋愛、家族愛に冷めた女性であるとしても、不可解。顔の見えない人々からの賞賛なんて嬉しいのか?素顔の自分を知らない人から「頑張ったね」と言われて楽しいか?
亮司と雅也の前でも、絶対甘えたりしなかったのだろう。でも彼等に「こいつは俺がいなきゃ」と思わせる事には成功しているらしい。・・・いや、無理矢理彼等を従わせているだけだったか????。)
平成24年3月13日 竹淵 拝 madeingermany193☆yahoo.co.jp ☆→@ -----------------------------7dcfa2c90c Content-Disposition: form-data; name="image"
|
|