有名過ぎて語るのもおこがましい谷崎の春琴抄ですが、いくつか書きます。
■春琴は、夫婦同然の関係であり、何度も彼の子供を生んでいるのに決して籍を入れず、適当な理由をつけて生まれた子供を片っ端から養子に出して、二度と顧みない佐助のどこがいいのだろうと。(呆れるほど子沢山) ■春琴抄は高慢な女性に献身的に尽くす男の話として有名ですが、実は、春琴が佐助を好きなんじゃないかなと思います。手を引いてお稽古に行っていた頃に春琴が佐助を好きになったらしい「地の文」があります。谷崎のずるい所で、肝心な心理描写を「地の文」で進めてしまっていますが、佐助はかなり早い段階で春琴に「脈がある」と思ったでしょう。
■春琴が佐助に辛く当たるのは、100%佐助の希望だと思っています。春琴はわがままで贅沢な女性であると繰り返し書かれていますが、それは彼女の一部であって、春琴が晩年には佐助と普通に籍を入れて、夫婦として暮らしたかったらしい事を言っているので、彼女とすれば恋した男の狂気に付き合ったまでの事じゃないかなと。 ■春琴は両親と暮らしていた頃に、初めて佐助の子供を宿しています。身に覚えがないとか訳のわからない事を春琴も佐助も言いますが、春琴は「本当の事を言えば、佐助が親に怒られて店を追い出される」と案じ、佐助はふてぶてしいだけに見えます。
■春琴の両親は2人を普通に結婚させようと提案しますが、2人が2人断っています。これもおかしな話で、春琴が奉公人などど一緒になるのは嫌だと言い張っている描写がありますが、それも「佐助の希望」じゃなかったかと思います。佐助は春琴が普通の妻になる事を希望しておらず、事もあろうに卑しい自分などを「夫」として敬う春琴を拒んだのだと思います。 ■春琴に自分のアイドルでいてほしいのなら、彼女と肉体関係を持つ事は矛盾していやしないかと思いますが、佐助とすると矛盾していないそうです。春琴は両親の思いやりや、送れたはずの彼と彼の子供との普通の家庭生活を諦めてまで、佐助との異様な主従関係を続けます。春琴抄のどこが「献身的な男の話」なのだろうと最近思います。
■春琴の顔に熱湯をかけたのは佐助だろうなと思っています。佐助しか春琴の寝所に誰にも見咎められずに入る事が出来ないからです。若く美しく高慢だった春琴が、普通の「おばさん」になっていくのが我慢できず、顔に熱湯をかけて、顔そのものを隠滅したのでしょう。 ■春琴に従順だった佐助がそんな事するはずがないという突っ込みもありますが、そもそも佐助の「従順」自体が彼の満足なのであって、本当に春琴が好きだったら、彼女の幸福を願うのなら、もっと早いうちに普通の家庭をもっていただろうにと思います。痴人の愛には「普通の夫婦」になる事を拒んだばかりに転落していく譲治がいますが、春琴抄の場合は春琴が佐助を愛していたから、佐助の異様な欲望が満たされたんだと思います。 |
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