■「駅弁ひとり旅」という漫画を読んでいます。ひたすら電車に乗り、駅弁を食べる漫画なのですが面白いです。以前、インテにいく途中長浜で降りて駅を見学した事がありますが、やはり名所だったのだなとこの漫画を読んで思いました。駅弁は昔よく食べていたのですが、駅構内の総菜屋さんを利用する事が増えていて、名物的なお弁当を食べる事は最近なかったです。今度出かけたら、何か駅弁を食べてみたいです。この漫画まだ全部読んでいないのですが、群馬も寄るのでしょうか。
■グッドアフタヌーンの読み切りについて。まだ掲載もされていないのにあれこれ考えても仕方ないのですが、原作者の営業活動が功を奏したという事でしょうか。冬コミでの紙袋の件は「丈夫そうないい紙袋だな」という感想しかないのですが、あれ、基本的にどんな層向けのコンセプトだったのでしょう。昔愛された「パプワ君」に似たものが場違いな場面に突き出され、縁がなかったはずの雑誌まで押しかけてしまう可能性があったと思うと忍びないです。
高松が編集部から所望されたのなら個人的には嬉しいですが、自分は南国もPAPUWAもその原作者も、「時間が清めてくれた懐かしい過去」として見ているので何か違うなと思います。主線以外、高松のベタや背景はアシスタントさんが描くと思うので特に不安はありません(その主線が迷子になりがちなのだけど)。自分は自分で高松を愛します(拙宅はキン高、ルザ高です)。
■「駅弁ひとり旅」を読んで思ったのですが。読んでいて「男の仕事」って感じがします。鉄自体作るのも動かすのも男性が圧倒的に多いと思いますが、鉄を愛するのも男性がいまだに多いのかもしれません。鉄の愛し方は様々ですが、「見知らぬ美女と電車に乗って一泊」という展開は男性好みなのかなと思いました。メインは鉄および駅弁の漫画なので、ヒロインは「にぎやかし」扱いですが。
川端康成の頃から鉄ってそんなもんだった気がします。基本的に女人禁制で、男性作家の好みに合う女性だけ乗車してくるようなイメージです。(「三四郎」で三四郎が九州から上京してくるときの列車で、玄人と思われる女性が同席する場面がある。乗り鉄の祖、内田先生はひたすら鉄道に乗り、飲み、食べる作家だったけど、女性関係も多岐に及んだらしい描写が無くもない。) |
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