madeingermany 今年は稚内乗り鉄が目標です

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...... 2014年02月11日 の日記 ......
■ 疑問   [ NO. 2014021102-1 ]
■春新刊にと「ルーザー様が生きていたら」という小説と文章を書いていたら、現実の一人ぼっちな高松に戻れなくなりそうになりました。高松なので孤高のマッドサイエンティストに見えるキャラなのですが、そうでもないんじゃないかなと思います。寂しくても大丈夫な男なら、敵の子のグンマを可愛がる事はなかったと思います。基本、人恋しい人なのかなと。マジックなので「ルーザー様の子供は生まれなかった」とすれば気にしなかったでしょう。

自分は南国&PAPUWA二次創作して丁度一年なんですが、PAPUWAのアラシヤマ番外編の57歳高松を見て、チャン5はアナザー、きっと高松はいつまでもキンちゃんやグンマに鼻血出して文句言われつつ一緒にいるのだろうと思う様になりました。

読み切りの高松は、あやかしの天馬とカミヨミの天馬みたいなものでしょうか。顔が同じキャラと言うなら松本零士の漫画でよくありますが、この原作者の場合、「連載中の作品内でキャラが判別不能なまでにドロドロに崩れる」事があるのでもう分かりません。

■例(すべて南国内です)
リキッド■歯切れのいいヤンキーが森ガールに
  サビ■しっかり者の叔父上が女王様キャラに
  コタ■愛らしい男の子が残忍な暴れん坊に
シンタロ■アニキキャラが「男に守られるお姫様」に
トットリ■ツンな忍者がクリっとした目の可愛い子に
  高松■グンマ命の怪しいおっさんが恋する乙女に
 

おっさんが乙女になる漫画みたいです。高松の場合は若い頃恋する乙女になり損ねて、ひねたおっさんになったのに、キンちゃんが現れて内面の乙女が母に急成長した感じでしょうか(何が何だかもう)。


■疑問なんですが。何故読み切りは高松、ジャンで思い入れがあったらしいサビ、自己投影されていた時期もあるハレ、コタ、「最愛」らしいリキッドじゃないんでしょう。シンタローでないのは、南国でもPAPUWAでもない所にポツンとシンタローがいると、パーパか紅かシンタローか、はたまた大人のパプワか分からないからだと思います。

高松だけ初対面の雑誌にポツンといても、高松自身もつまらないよなあと思いました。読み切りで高松の親族でも出れば個人的に盛り上がりますが、原作者の漫画で親族(何故か男性ばかり)が出るキャラは主役扱いのキャラだけだと思うのでなさそうです。チャン5で黒幕をしている高松先生なので、主役なんて彼も面倒くさいと思います。(しかもまた悪人くさい役らしい)

かの原作者の作品は、瀬戸大橋に作られた「新幹線用スペース」の如く、宙ぶらりんで見ていて切ないけど、どこか親愛の気持ちが沸くものだと思いたいです。現在進行形で何かあると一気に不安になります。近年の傾向なら「美容界に君臨するサビとコタ」とかPAPUWAで既に想像しうる内容の読み切りならまだ安心しました。(ドボンの読み切りが異様に濃い、ライオンパパや30代高松が出てくるくらいなので、全ての方向性が明後日なのは昔からですか)

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■ 好きの反対は   [ NO. 2014021101-1 ]
先に楽しい事を書きます。

はくたかに乗りたいです。群馬と接している越後湯沢駅から金沢へ走る特急なので乗ろうと思えばいつでも乗れるのですが、つい乗らず仕舞いでした。北陸新幹線についてのニュースも素敵ですが高崎を通過するかもしれないダイヤを思うと、越後湯沢の関東と北陸をつなぐ要衝である事の後退は他人事でなく思います。

鉄を愛する人は、鉄が現役で無くなる事を案じ、あえてローカル線に乗る時がありますが気持ちは分かります。我が上越新幹線も北陸・東北に押されて本数が減るんじゃないかと思います。自分一人が乗ろうと乗るまいと鉄の生命を左右する事はないと思いますが、スイカをたった一回ピッとしただけで「乗車数」にカウントされるわけですから、何と言いますか、「他人が自分を必要をする以上にこの子は自分を求めてくれている」と鉄に対し思う自分は人間に生まれてきてよかったのでしょうか。(999でネジになった男の子達って考え様によっては・・・・ってことはないか)

越後湯沢と言うと康成の雪国で、雪国の主人公は都会の男性ですが、自分はどちらかと言うと雪国の住人です。なのに同じ雪国の中、あえて「はくたか」に会いに行くのは、雪で車が運転しにくかったり、歩道で滑って転んだりする状況を他人事みたいに感じたいからだと思います。

以下も言いたい事は同じなのですが、自分の腹腔にある嚢胞は見ないでおこうとしても存在が避けられないから、自分の腹にあるにも関わらず、他人のものの様に客観的に見てしまう事もあるんじゃないかなと。


以下は偏見です。

■某掲示板に「作者の萌えで駄目になった作品」というのがありまして、言いたい放題のスレながらも取捨選択されているなあと思う意見もあるので、のぞかせて頂いています。

PAPUWAが「作者の萌えで駄目になった」かどうか、私には分かりませんが、項数・巻数に関わらず、もし南国がテレビアニメ風の「楽しいギャグ」でなくなったのなら、遅かれ早かれああなるだろうなと思いました。南国で既に物語の進行に「乱れ」なんてもんじゃないくらいの症状がありました。

症状を起こす病巣がそのままなら、今何が起きても不思議じゃないとしても。過去は過去として止血・縫合されていると思えばこそ安心出来ますが、時間すら癒しも清めもしないなんて酷すぎます。私は医者じゃないので、作品に救急搬送並みの何かが起きていても看られません。

(ああなる→項数は増えていくのに、何の話か分からなくなる。キャラの年齢や立場はおろか、性格も好みも意思も判別不能なまでにドロドロ崩れていく。キーだった「秘石」「一族」の謎等も回収不能のまま、物語は女性キャラ不在、機能不全家族のまま、原作者の性欲、名誉欲その他だけが紙の上を滑っていく。

格好よく言うと、南国&PAPUWAは「過去頑張り過ぎた国鉄の、航空やモータリゼーションの波の陰にある遺産の如く、ひっそりと懐かしさを醸し出す廃線」の様な趣があるかもしれないけど、どうかなあ。自分は南国&PAPUWAは碓氷峠のアプト式の如く、意外と愛される作品だと信じている。物語とか原作者の性癖じゃなくてキャラが。)

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