■南国後半を読んでいると、どうしても削除したくなる言葉があります。「決着」です。ジャンザビの24年越しのイチャイチャに対して、高松が決着と言っていますが、あれは「いい加減元鞘でしょう」という嫌味だとして。
(ルーザー様と高松の間に「決着」はないと思う。ルーザー様が願うのは、息子と高松がマジックに逆らわない程度に幸せになってくれる事であるし、高松が願うのは自分がルーザー様の一部でありたいという事くらいだから。)
ジャンの24年前の一件について完全に部外者のハレ、ルーザー様に責任と罪悪感を押し付けて殺したマジックに、「決着」の言葉は似合いません。亜美ちゃんが大した重みを与えずに、決着決着言っている所が憎たらしいです。漫画だから絵や雰囲気で重要そうに見せられても、文章にしたら大変軽くなると思います。
(マカアラ、伊達衆間での「決着」もあると思うのですが詳しくなくてすみません。)
■ジャンの一件、赤青の一族のゴタゴタをほとんど知らないシンタローに物語の「決着」は難しいでしょう。マジックからの自立を指すとも言えますが、結局パパがいないと立ち行かないのがシンタローですし。パプワにも「決着」があるとすれば、くり子ちゃんをいつか島に迎える事で、赤の一族としてパプワがしなければいけない事はそんななかった様な。
「決着」の言葉が似合うのはルーザー様、キンちゃんであり、希望的に高松・グンマかなと思います。ルーザー様はサビに自分がジャンを殺した事を告げる事、キンちゃんは暗殺者として生きねばならなかったお父さんの代わりに清く明るく生きる事、それが南国で成立しうる「決着」かなと思います。
高松はグンマを自由にする事が「決着」で、グンマは高松なんて最初からいなかったように、本当の家族と親しむのが「決着」の様に思います。
(高松はキンちゃんを得て初めて、本当の意味で「恩人の子供の養育係」になれるんだが、もうキンちゃんは身体的には十分大人だったりする。何教えてくれるんだろ。)
■日誌らしい事を書きます。
夢をよく見ます。あれこれ見るんですが、知らない場所に出かけて、「ここで今日から暮らすんだな」という夢をこのしばらくで数回見ました。場所は先日旅行した北陸だったり、学生時代を過ごした京都だったりします。いずれも現実でそこに住むというのはあり得ないので、夢の中でも「違う違う、グンマに住んでいるじゃないか」とうなされ、目が覚めます。
ちょっとした旅行ならよくしていますし、幸い仕事もあるのでうなされるような事は思い当たりません。昔、サザエさんの伊左坂先生の小説の一行に「私はここで一人で生きていくのだと・・・」という女性が決意する様な述懐があったのを思い出し、ドラマチックさに酔いしれるくらいしかしません。
■そう思うと、ミサトの「酔う」事への批判は自分に返ってくるのだなと思います。シンジが家事をしないと、途端にゴミ屋敷になっていくミサトのマンションは、まんまミサトの心で、女性なんだから自分で片づければいいじゃないという事でもなく、きちんと整理しようものなら、触れられたくない本心が丸見えになってしまうのかもしれません。
意外と綺麗好きで整理が上手そうなシンジは、ミサトが手を焼こうしなくても結構心の整理を自分でしているんじゃないかと思いました。
■谷崎訳で宇治十帖を読んでいます。源氏だと、悩んでいて苦しい人が「違う場所へ行きたい」と願う場面は結構あるのですが、貫徹したのは浮舟一人という事でしょうか。紫の上なんて、女三宮の降嫁以降の悩みについて「自分には自ら出家しての祈りが必要」と思っていたのに、源氏には「僧を読んで祈らせよう」と勘違いされますし。(うろ覚え)
藤壺、空蝉、女三宮の出家もありますが、いずれも源氏からの緊急避難としての出家であって、出家しても源氏から完全に逃げ切れたとは言えませんでした。源氏が出家した藤壺を訪れる場面があるのですが、「またか」と思いました。源氏を研究している方の文を読んだら、言葉を交わしただけとの事でしたが。 |
|