■昭和の奇人と言えは荷風、漱石も鏡子さんが漱石の死後「脳を調べて欲しい」といったくらいの変わり者です。谷崎は晩年の秘書に対し「そんな仕事誰でも出来るから若い子紹介して」と言い放ったそうです。
(※谷崎の小説の口述なんて誰にでも出来る事ではないし、相当な頭脳労働で、古典や日本文化への造詣がないと務まらない。そんな仕事をしてくれる女性になんてこと言うのだろうと思った。ただし谷崎は本気。どこのルーザー様だろう。)
彼等がそういう人だから作品の価値が下がるなんて事はなく、今も偉大な作家の1人として敬意を集めています。性格その他についていは、竹淵も変わり者の方なので多くは言えません。
ですが思うのは、例えば結婚相手の親兄弟と仲良くいく人が少ない様に、「知人程度ならよかったのに」というのは結構あるだろうという事です。結婚相手ならまだ頑張れるかもしれないけど、親兄弟については普段はノータッチでいいかと思います。(距離を取りたくとも出来ないから喧嘩になるのだろうけど)
高松にとってルーザー様は偉大な方であり、かつ親しく付き合いたい人だったのだろうと思います。上司と部下ですし、高松の立場だとルーザー様から逃げようものなら殺されるかもしれませんが、気持ちの上で高松が彼を避ける事はなかったろうと思います。
■小中高と日文を読みふけっていながら、何故大学で日文を専攻しなかったか考えていました。日文なら県内でも学科があったので県外へ行く事もなかったのです。
門外の人間なのでよく分かりませんが、日文というと文壇のイメージがありました。漱石、鴎外、荷風、谷崎がそろって不得手としたものです。日文=文壇研究というイメージがあったので、暗記する程好きな漱石の小説についても、漱石が文壇を苦手としているので、同時代の研究とか、漱石作品の受容経緯とか、小説によくある「解説」を読んで事足れりとしていました。
■本当に日文をやるなら、好き嫌いなしで貪欲に論文も読まないといけないだろうし、そこまで頑張れる自信はありませんでした。同じくらい好きな歴史については、人文科学でなく、社会科学なので、データ勝負というか、ある意味ドライな場所なので成績の振るわなかった自分でもなんとか卒業出来ました。
文壇のイメージって、人の交流の場なわけですから、最も漱石が苦手なものでしょう。ならば自分、竹淵も苦手です。漱石は文壇以外にも門下生が多く、彼等への考察も華やかなものですが、あんなに苦労した鏡子夫人を悪妻呼ばわりしたらしいので、追求しにくい一団だなと思います。漱石とくれば小宮ですが、小宮の書いた「夏目漱石」が怖いくらい漱石崇拝の内容でした。
■歴史学も美化と改竄と隠蔽の繰り返しみたいなもです。自分は中国史が専攻でしたが、中国の歴史書は滅びた国の歴史を、滅ぼした国が書くので内容は大抵ひどいです。ウソばかりと言っても過言ではありませんが、ウソならウソで理由も背景もあったりします。
虚々実々を愛したが故の歴史学専攻だったと言うか、自自分が嘘をつく事を何とも思わない人間なのか、文章を書くという事自体、嘘をつく事と大差ない作業と言いますか。過去、運動も音楽も不得手だった自分が作文だけは得意としたあたりは、その辺かもしれません。
南国で高松がグンマに最期まで嘘をつき通そうとしたことは、自分的には責めていません。高松はマジックに無視され、ハレに担ぎ出され、シンタローに喧嘩を売るキンちゃんには本当の事を話しましたが、ギリギリまで白状する事を迷っていました。
高松の嘘はグンマ、キンちゃんへの愛情の現れだと思いますし、グンマには嘘まみれの生涯を送らせる事が高松のグンマへの愛だった気がします。ある意味安穏な人生がグンマの幸せだと思ったのでしょう。
キンちゃんには怒りを自分にぶつける事で殺してもらいたいから、彼の側に行ったのだと思います。キンちゃんは嘘だとか本当だとかは二の次で、「やっとママが迎えに来た」事が嬉しかった様で、高松を殺す事はなかったですが。 |
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