■食べる事が好きです。昔は学食で醤油ラーメンと、ミニ焼き肉丼と更に副食くらい、平気で食べていました。お酒も煙草もやらないから、これくらいいいと自分に言い訳してきましたが年齢的に出来なくなりました。仕事で疲れても、筋肉を使う訳でないから痩せません。
熱海に行って、スコットという洋食店で食事をするのがここしばらくの夢なのですが、よくよく食べる事が好きなのだと思います。何か口にする事は心理的に落ち着く行為だと聞きますが、暴食を勧めている訳でもありますまい。
群馬の温泉旅館に行くと大体、売店で下仁田ねぎポテトチップスが売られています。県民なのでいつでも買える、高カロリーだしあえて手を出さないと自分は構えてますが、温泉に入るたびに目に入ります。
■中島敦の斗南先生を読んでいます。覚えていないのですが、恐らく高校の時に読んだ気がします。少し違いますが井上靖の敦煌、天平の甍などを夢中になって読んだ時期があるので、多分読んだ気がします。もしそうでなくても、懐かしい文章だと思いました。
硬派な世界に憧れますし、自分は硬派な方の人間だとずっと思っていました。ですが高校の時ですら、単に自分がクラスに溶け込めなかっただけで、思えば周囲の人達は私に優しくしてくれました。馴染む努力が出来ないから、漢学や歴史の世界に居場所を探したものです。
そういう自分探しは必ずしも悪くないし、今も同じようなものですが。夏コミに出す本は高松に甘い本だと思います。なれ初めとか想像して萌えています。キンちゃんは高松とは入園する幼児と担任教諭の如く、彼からの好意を信じて疑わなかったでしょう。ルーザー様も彼は高松の保護者でもあったので、ある意味安定した関係だったでしょう。
■ナデシコもそうですが、一つの作品の中でシリアスとギャグ、日常の描写ってバランスが難しいだろうなと思います。私小説風の作品だと、今日の朝食が何であるとか、飼っている猫の話などが最重要テーマになる事もあると思いますが、シリアスと銘打った作品の場合、ましてや人の生き死にが物語上にある場合は、一層バランスが難しいでしょう。
まだ読んでいる途中ですが、斗南先生からは生真面目さの中にある優しさ、ユーモアの様なものを感じました。久々の中島敦なので、比較的シビアでないものから選んだつもりです。それでもえぐる様な一句一句があります。
ナデシコの場合、シリアスパートで扱う重いテーマを、ギャグ回、ラブコメ部分で消化・吸収する予定だったのでしょうか。初めて劇中でちゃんと火星が出て来たとき、結構期待していたのですが、メグミのセックスアピールの方に尺が割かれていました。
並み居る美少女のセックスアピールで一定の視聴者をつかみ、それから残った尺でシリアスをガツンとやる、という事もナデシコは無かったと思います。自分はイネスさんとかイズミとか、一見ギャグまっしぐらに見えて内面はそうでもない感じのキャラに萌えます。
ナデシコのギャグとラブコメとセックスアピールの女王はユリカだとして。劇場版では全裸ですし。ギャグでもラブコメでもセックスアピールでもなさそうなルリが、弟の様なハーリー君、従者のサブロウタと共に新しい戦艦に乗り、周囲の軍人達から、あふれる可憐さゆえに電子の妖精と崇められている皮肉。 |
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