■マジックとシンタローについて考えていました。以下はまとまらない雑感です。
皆が恐れるマジックを恐れないのはシンちゃんくらいで。何故恐れないかと言えば、シンちゃんにはいつまでもマジックは「優しいパパ」だからで。シンタローは自分以外の人間が、マジックを本当に怖がっているのを知っているのでしょうか。シンタローはマジックの冷たさに気が付いていても、「本当は違う」と思っているのかなと思います。
ミヤギやトットリ、アラシヤマ達は本当にマジックが怖いと思います。幽閉されたコタローが可哀想だと言えば、自分が可哀想じゃ済まない事になるのでしょうか。南国でシンタローは「コタローに会えない」事が辛くとも、「コタローが実父に学校も行かせてもらえず、厚い壁の中に一人でいる」事実には思い及ばないのかもしれません。マジックがそんな酷い事しているとは信じたくないのでしょう。
他人なのにマジックとの付き合いが異様に長いのは高松ですが。その理由は高松が出来る男だからとかでなくて、高松がマジックの酷さを無視できる男だからかもしれません。高松の冷淡さをグンマは知っていて、他意無く高松を愛するキンちゃんがじれったいだろうなと思います。
・父子対決は漫画の王道だと思うけど、難しいかもしれない。父親は父親になる夢を持って父親になるとしても、子供が子供である事を望んで生まれるというのはないかもしれない。子供は親も家庭も選べないのだから。
親も家庭も選べないけれど、与えられた境遇で子供は生きていくわけで、両親の存在はとても大きい。スラムダンクみたいに、主人公の家族をほとんど出さないくらいしないと、子供は両親の存在で潰れるかもしれない。普通の少女漫画やセーラームーンの様に、「優しいパパと勉強にうるさいママ」くらいの温和な描写もいいかもしれない。
父親を本当の意味で拒絶出来たキャラを思い浮かべたら、幽白の躯を思い出して動揺した。妖怪だけど心理は人間と同じだと思う。躯は7歳で父親の所から逃げ出し、その際に硫酸を被って顔と体を痛めつけている。可愛い容姿であれば、依然父親に執着されるからだろうか。
父親も考えたもので、躯がいつか虐待していた父親に復讐する事を恐れ、躯に「幸せだった子供時代」をインプットし、催眠してあった。躯は父親に殺意を抱くと幸せな記憶が蘇り、動けなくなるらしい。
飛影がその記憶は偽物で、躯の父親が虐待しかしてない事を明らかにしている。ついでに蔵馬から植物をもらい、躯の父親を死なない程度にいつまでも半殺しに出来る様にし、躯に渡した。
躯は妖怪だから、幽白はバトルファンタジーだからという事もあるけれど、自分が思い出す限り、父親に復讐したキャラと言えば躯だった。もっとも父親を拘束し、躯の前に差し出したのは飛影で、差し出された父親を躯がどうしたかは分からない。
冨樫先生は天才だと思いました。左京や仙水、樹の描写は淡々としていて恐怖でした。こちらが思う、甘えや思い込みをいつもいい意味で踏みにじってくれます。
・南国はシンタローが自立する物語かと言えば、違うと思う。むしろシンタローがマジックを癒す話だと思う。コタロー=青の一族=自分を恐れないで、受け入れて、貴方の全てが好きだからと、マジックの奥さんの様なシンちゃんを妄想した。劇中でそんなマジシンが見たかったかも。
マジックが自分の全てを清算するなら、シンタローへの愛のためだと思うが、マジックの事なので、世界征服もシンタローも全部自分のものにしないと気が済まないと思う。 |
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