madeingermany

[PREV] [NEXT]
...... 2016年01月06日 の日記 ......
■ 駅弁   [ NO. 2016010601-1 ]
■難所と言われる碓氷峠越えをバスですがして来たので、春コミの高松本も描けそうな気がしてきました。

南国高松の奇行の数々は、絶望から来ているのかなと勝手に思いました。自分も理由のない絶望で、いつもの自分なら絶対しない事、全く興味のない事、やったら褒められるかもしれないけど成功しても自分は虚ろかもしれないという事をした、しかけた事が結構あります。関わらせてしまった方々には向ける顔もありません。



なんで奇行が止められないのかと言うと。普段の自分への絶望なので、帰り道が分からないからです。いつもの行動でない事をあえて選び、活路を探しているのかもしれません。そんな模索、ポエニ戦争時のハンニバルではあるまいしに成功しないでしょう。もっともハンニバルは智将ですが。

絶望と奇行の逆のものが、慣れた場所での規則正しい行動なのかもしれません。私は上越新幹線に乗るでしょうし、高松はルーザー様と同じ瞳の色をしたキンちゃんを愛し、科学への愛も取戻し、思いを深めるのかもしれません。

私と高松を一緒にしても申し訳ありませんが、現在冒している奇行が本来の姿と思われると、寂しいかもしれません。ピンチの時どんな奇行に走るかで、本当の自己が出るとかは思いたくないものです。





■鉄道関連の本を読むと、信越本線の横川〜軽井沢間の廃線を嘆き悲しんでいる空気があった気がします。確かにアプト式が拝めないのは残念です。風立ちぬのあれです。でも、実際に横川〜軽井沢を新幹線以外の方法で移動してみると、気持ちが明るくなりました。

廃線されたのは事実だけど、人の移動は車でも電車もあり得る訳で。自分は何を悲しんでいたのだろうと、JRバスで碓氷峠越えをして思いました。JRバスにも滅多に乗らないのですが、バスの側面には国鉄のイメージであるツバメの絵がありました。信越本線の栄光の証を見た思いです。

JRバスの車窓から、妙義山がよく見えました。上越線が越えていく谷川岳もそうですが、群馬から出て行くのは難所が多いです。





■信越本線と言うと横川の釜めしです。御飯にもしっかり味がついていて、山の御馳走という感じの素晴らしい駅弁です。高崎名物の鶏飯の駅弁も、群馬の有名な弁当です。

ですが駅弁。東海道新幹線ですら、車内での飲食が難しくなりつつあります。だって駅弁でしょう、と構わずに開封して食べる事もありますが、東京から京都なら3時間かからない訳で、わざわざ混雑の中飲食しなくてもいいとも言えます。乗車率100%前後の中での飲食は危険かもしれません。



漱石の三四郎の冒頭で、三四郎が駅弁を食べる場面があります。白米に鮎の煮びたしだったと思います。食べ終わったら駅弁の箱も、桃の皮も車窓から放り投げるのがマナーだった時代らしく、三四郎はゴミを投げ捨てます。

そして名古屋で知らない女性と一泊する三四郎ですが、当時の長距離列車は移動に時間がかかるので、車内での飲食が普通だった様です。内田先生もよく列車のなかで食事や飲酒をされていました。



電車が超高速になった上に、半日かけて乗る様な長距離運転をしなくなった以上、駅弁の衰退は仕方ないのかもしれません。お土産的な面の方が強い気がします。

長野に行った際、駅弁であるソースカツ弁当を買ったのはよかったのですが、思ったより在来線が込んでいて、食べようがありませんでした。北陸新幹線の影響で長野の鉄道は苦戦しているとか聞いていますが、乗った感じそんな印象はありませんでした。むしろ地域の方の足として、利用されている感じです。

信越本線もたびたび分断、廃線されている部分があるので勝手に悲観していましたが。乗ってみると寂しくないものだと思いました。信越本線の新潟内の在来のエースぶりは言わずもながですが、長野では長野から篠ノ井と言う要衝を守り、群馬内では蒸気機関車の走る愛され路線として現役です。
-
-

...... トラックバックURL ......
  クリップボードにコピー

...... 返信を書く ......
[コメントを書く]
タイトル:
お名前:
メール:
URL:
文字色:
コメント :
削除用PW:
投稿キー: