■グンマは仕事の大変さや、ドクター高松を筆頭とする他人との人間関係からの疲弊で家族を求めて。
キンちゃんは、総帥家の男子達の従兄弟である重圧を一時的に忘れるために、高松を訪ねそうです。高松と一緒に、大学の土曜講座の講師をしてみたり、そのまま月曜まで高松といるんじゃないかなと思います。7日間高松と一緒と言えども、彼は往診や急患で側にいない事も多いでしょう。
■鉄道の楽しみ方は色々あると思いますが。宮脇氏の様に時刻表を毎月買って、空想するのも楽しいなと思います。時刻表を読むのが楽しいと初めて聞いた時はまさかと思いましたが、結構楽しいです。ただしJRの出している時刻表しか手に入りにくいので、頭の中が国鉄一色になりそうです。
最近の新幹線の延伸で三セクが増えたので、切符を買うのが大変です。スイカでポンと払えるはずなのに、関東を出るとスイカ非対応の駅、路線が珍しくないので、一回一回窓口で買う事になります。越後湯沢は駅構内の買い物には自由にスイカが使えるのに、乗車には使えません。
都内の駅で大勢の人がいくつもの改札を越えていく様子には、流石スイカの時代だと思わせられます。ですが越後湯沢はよく考えると自動改札が少ないです。なかった、気さえしてきました。かといって不自由は感じなかったです。駅員さんが改札にいて、自分の方を見ていてくれている安心感を久々に感じました。
都内の私鉄に乗ろうものなら、駅員さんというものを探す事自体困難です。何かと都内の駅なんて怖い思いをしそうなものなのに、何故なんでしょう。松の内に鉄道で群馬、新潟、長野をウロウロしていましたが、どのホームにも駅員さんがいました。
以下は雑感です。多分まとまりません。
・南国&PAPUWAの原作者のよしとする姿勢は、受け身かもしれない。セーラームーン以降、明るく元気な女の子像が増えた気がするけど、この場合該当しない。ウマ子ちゃん、くり子ちゃんのタフさ・前向きさは、家庭的・恋愛的な事をアラシヤマやパプワがあまりしないから、補完的に果敢に行動する所から出るのかなと思う。
いや、アラシヤマは女子力高いし、ミヤギやトットリの前でなければ普通に、常識的に振る舞いそうな気がしないでもない。ミヤギやトットリには根深い経緯とライバル心があるから態度がいびつなのかなと思う。
パプワも周囲の人を大切に出来る子だし、くり子ちゃんへの特別な思いがあると思う。ただ秘石関連で普通にくり子ちゃんと恋愛する時間や機会に恵まれないだけかも。
・自分が思う「受け身」って、シンタロー、サビ、リキッドだ。皆、「こうされたい」願望は強いけど、自分で「幸せになろう」と言う感じが薄い気がする。
シンタローはコタを虐待する父への反抗心あってのシンタローだけど、心の焦点はいつも父なんだろうなと思う。シンタローに万能感や愛情、自己肯定感を与え続けたのは他ならないマジック。
サビも「私を幸せにしてくれ」というオーラが常に出ている。ルーザー様みたいな敏感なお人には、サビみたいな子がたまらなく可愛かったのだと思う。たまたま恋人がジャンだからアラが出ないけど、生まれついての女王様なんだろう。
リキッドはシンタローとサビの複合型と言うか。アメリカでプレジデントしている父からの愛情と、ハレの一方的な愛着で、ふくれ上がった自我が出来ていそう。「こんなダメ上司に耐える健気な若者」の姿に酔い、自分の仕事とか立場とか全然考えていなそう。
・PAPUWAに始まった事でなくて、短編ギャグだったすずめちゃんでも、「耐える若者」秀樹がいた。原作者のテンプレなのだと思う。自ら全く新しい行動を起こすとか、誰かを幸せにしてあげようとするとか、そういう自主的な選択肢の出る幕はないのだと思う。
何故って、原作者のテンプレの良しとするものが、いばら姫の様に、お城で眠ったまま王子様のキスを待つような、古典的なイメージだからかもしれない。ベッドに縛り付けられた様な姫は横臥が苦痛だったかもしれないし、自分を求めてイバラをかき分けて来る男達が嫌だったかもしれない。
内外の苦痛に必死に耐える姫、それが原作者の最高の姿なら、自営業同然の高松の扱いはいつまでも上がらないだろうなと思う。高松は苦痛に耐えてもいい事ないと知っているから、さっさと起き上がって城のバラの世話でもしそうだ。余りに独立独歩の姫であり過ぎて、たまたま城に来てくれたルーザー王子にスルーされそう。 |
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