■先日から非行に走る、パラレルのキンちゃんを想像していました。ルーザー様が生きていて、(高松と)一緒に家に三人で住んでいるとして。実際は、青の一族と言えばアメリカの富豪みたいな屋敷か、英国のカントリーハウスな気がしますが想像が追い付かないので、りぼんに出て来そうな平和な家屋です。
シンタローの選んだ「非行」は逃亡でした。家宝の秘石を握って大海に出て行ってしまう彼ですが、マジックに言いたかったのは、「大事な秘石がなくなって後悔してほしい」ではなく、「大事な息子の俺がいなくなって後悔してほしい」ではないかなと思いました。マジックは秘石云々よりシンタローが大事です。シンタローも秘石<俺だと知っていそうです。
キンちゃんの非行は劇中通りなら暴力です。でも傷害罪・致死罪になりかねないし、スポーツは体力があり過ぎて向かないので、体力でストレスを発散するのは本人にもためにならなそうです。
多分エヴァのシンジの様に、レイトショーでも見ながら、フラフラしてるのだろうと思います。キンちゃんの居場所くらい、高松はミサトの様に把握しているでしょう。でもギリギリまで探査方法は勘だけでも、高松はキンちゃんの居場所が分かると思います。
高松は問題教師、ルーザー様は冷酷な科学者でも。キンちゃんの事はちゃんと考えていたなら嬉しいです。レイトショー上演前にキンちゃんの座席の隣にいつの間にか高松が来ていて、2人でポップコーンとホットドックとコーラでも食べていると今度はルーザー様がキンちゃんを挟んで座って。ウトウトしながら名画を見て、11時頃三人で家に帰るのだろうと思います。
■先日からの続きです。「よいこの悲劇」ではないですが、密接なコミュニケーション、古典的な家族像が子供を救い、現代日本を救い、人類を救うと言う論説は、どこから来たのでしょう。時代が下れば下るほど、人は寡黙で、身分差、性差ゆえの閉塞が強かった気がします。こんなにおしゃべりで明るい、権利に目覚めた世代は過去なかったと思います。
古典的な家族像というのがいつの年代のものかよく分かりませんが、昔から群馬県の女性はほぼ生涯(男性より)働き、自家用車をえらい年齢まで乗り回しています。稼いで、自分で何なりとしないと生きていけないです(群馬の男性は日本一のギャンブル好きとされる)。
もし、専業主婦が一日家にいてくれて、優しく夫と子供の面倒を見て、嫁や孫にも等しく愛を注いでくれるなら。その対価を払える男性は、この世にはいないと思います。政治家ですら、政策ばかり立てて、政治家本人の資産は庶民の想像を絶する規模なのだから、そう思います。
自分の読んだ事のある古い本の中に、リアルで古典的なよき家族を演じている物はなかった気がします。いつもどこかは必ず不幸で、どこか幸せでもある感じがします。
漱石の「悪たれ」はすごくて。あんなに尽くして、子供を何人も生んで育ててくれる鏡子さんがいるのに、よくあそこまで不満と厭世観と怒りに満ちていたなと思います。挙句、「山奥に住みたい」とか東京の真ん中で口にして、本当の山奥から都内に出て来た人に「不便で暮らせない」と言われ、更に怒っていたと思います。
若くして英国へ留学した秀才、世紀の知的エリート、日本の大文豪にしてこの鬱憤なので、凡人は大人しくしている方が利口かもしれません。 |
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