 ■若者の市場が冷え切っているそうです。ムカシの若者なら、高いクルマを買って、カッコイイ服を着て、キレイな彼女ないし彼氏と週末はデートしたのでしょうか。そんなの、超経済成長期の一瞬の事だったのではと思います。
戦前戦中戦後、若者が浪費に走った記録は多分ないと思います。光源氏の様な大貴族、又は谷崎や荷風の様な明らかに特別な人くらいしか「浪費」する事はなかったと思います。誰しもが志賀直哉の様なライフスタイルをしていないでしょう。
たまたま日本が戦後を朝鮮戦争特需他で乗り越え、円高にも恵まれていたから輸出で潤い、勢い、国内にお金が余り、当時は海外旅行・海外進出が法的に難しかったから、国内消費に皆が走っただけでしょう。
クリぼっちという言葉に、自分は違和感を感じ、ダラダラと書きました。自分はこの三連休くらいしか、読書出来なかったので立派にぼっちを貫きました。南国&PAPUWAでは、クリ子ちゃんのサンタとしてのキャリアウーマンぶりが見られる時期でしょうか。
柴田亜美の描く女性は、気の強いキャリアウーマンが多くて好きでした。グンマやキンちゃんのママも、高松みたいなバリキャリ(語弊)なんだろうなと思います。
■よくあるニュースのテーマで。「義務教育のボリュームを減らそう」というのがあります。最近は外国語や道徳、体育はダンスまでもが必修らしいので、確かに減らすべき点があるなら、減らしてもいい様に思います。
ただ国語に該当する日本や世界の古典や、世界史・日本史を外そうという論調は残念だと思います。世界史・日本史・地理・倫理あたりは選択制でもいいのかなと思いますが、大まかな「古いもの」に触れる時間だけはあった方がいいと思います。
下らない事なのですが、今普通に使う漢字、まだ、義務教育で増強されるという外国語も、とりわけ新しいものではありません。漢字は殷周の頃からの東アジアの財産であるし、英語も、発祥は中東のフェニキアです。
そんな事知らなくても漢検は受けられるし、アルファベットの発祥の地を意識しなくても、英会話学校に行けます。でも、どうして古代の言語は今も使われているのか、その偉大さと思うと、言語に敬意が増すと思うのでそ。
あと。過去、古いものって一番の「逃げ場所」だと思うのですが、どうでしょう。大きい意味で自分のルーツであるので逃げ場というと語弊がありますが、ドラえもんで「何万年も前、日本人は中国大陸からやってきた」とか知った時、ゾクゾクしたのを覚えています。
正しい事か分かりませんが、「古いもの」を知る事は、「自分」が今だけの存在じゃないと思えていいなと思います。自分の直接の先祖ではないだろうけれど、昔の京都ではこんな和歌が詠まれていた、昔の瀬戸内には海賊がいたとか、いい意味で言えば「視野が広がる」事に繋がりますし、俗な言い方で言えば、ゲームでもしている気分でしょう。
何にせよ、目の前にあるものだけが「私」なら、どんなにつまらない事だろうと思います。歴史や地理を勉強しても、やはり自分はつまらない自分であるかもしれないけれど、親しい人・理解し合えそうな人が海の向こうに、時間の向こうにいる様な気分になれれば、心が落ち着きます。
向こうはそう思わないと思うけれど、南国&PAPUWAのアスとは気が合いそうな気がします。身内からも酷い事言われっぱなしのルーザー様を、唯一褒めてくれたのは、青い秘石とアス(と高松)だけだったと思います。 |
|