■CCさくらを見ています。初期の小狼のつっけんどんな感じも好きですが、さくらへの好意を自覚するあたりからの、成長ぶりが素敵です。さくらも魔力とともに、急激に大人びて来ています。アニメの苺鈴→小狼→雪兎さんという、一瞬の図式もよかったです。
苺鈴は、小狼に自分より好きな人が出来たら婚約解消と言っていましたが、小狼は雪兎さんにドキドキしている間、苺鈴に何も言っていない様に見えます。多分、雪兎さんへの高鳴りは、異国で親しいお兄ちゃんが出来た様な、親しみの延長上だった部分もあったのかもしれません。
苺鈴には説明しにくいでしょう。親しい同性の家族がいればいいなと思っていた、という心情は、女系が強そうな李家の娘である苺鈴には、話されてもよく分からなかったかもしれません。苺鈴の小狼への思いも、本当に小狼が好きで、同年の男の子だからという向きは薄かったように見えました。
■ルザ高とキンちゃんを妄想する時、参考にしているのは、夏目金之助さんと鏡子さんです。漱石の数々のエピソードは、読んで漱石だなあと思えばそれまでですが、身近に居続けた子供達と鏡子さんに思いを馳せます。
あんまり詳しい事は知らないのですが、漱石の没後、鏡子さんが何か間違ったかした時に、「こんな時、お父様ならよく教えてくれた」と言ったと言う挿話が好きです。猫の、軽妙な珍野夫妻のやり取りを思い出します。英国から漱石が鏡子さんに送った手紙も好きです。
高松ならルーザー様に対して、小宮や内田先生、寺田の様な歴々のモデルがいますが、何分ルーザー様なので、「ルーザー山脈」は発生しない様な気がします。高松は勝手にルーザー神社は作りそうですが、参拝者は求めなそうです。
■自分は何か勘違いをしていました。ずっと、戦前の作品が好きだなあと思って日文を読んでいましたが、戦前にデビューして、戦後も活躍している作家は沢山います。
康成は明治32年生、昭和47年没です。伊豆の踊り子が昭和2年発表、山の音は昭和29年発表です。雪国は、昭和10年に執筆が始まり、完成は昭和23年です。雪国の場合は、劇中で扱っている時間がわずか数年の事なので分かりにくいですが、完成からも少し手が加わったとかで、30年くらいかけて書かれています。
康成を読んで、駒子や葉子の美しさを読み、ムカシの女性だなあと思ったとしても、彼女達の姿を康成は、30年余り抱えてていた事になります。30年経てば、日本も世界も別物ではないかと思いますが、何かが雪国には貫かれていました。
そういう古い美しさを愛するのが好きなのですが、特段美しいとかどうこうでないものも、同じように、戦前から平成が終わる今になっても、辺りを漂ってる気がしました。
谷崎が細雪を戦時下でも書き続け、荷風も日記を体から放さないでいたとか、有名で興味深い話ばかり気にしていて、自分の側にある古くて消えないものを、見て見ないふりをしていました。見えたからってどうにも出来ないから、付き合うしかありません。 |
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