■人間、悩んだり迷ったりする事は避け得ないそうです。悩む事や迷う事を恥じるより、何かしらのタスクをちびちびこなしていった方が、生産的で建設的なのかもしれません。
それでも悩み、迷うなら。頭の中を、巨大な思い一個で占めてしまう事で、雑多な悩みを押し出すという方法があるそうです。そういえば自分も、高校受験、大学受験、就活の最中の時は、今思うようなニッチもサッチも行かない悩みに目が行かなかったと思います。
「(主に異性に対し)魅力的な女の子になる」事を一切放擲して過ごした、大学卒業までの時間は、ある意味充実していました。しかし、22歳になってから自分が、才女でも文学少女でも、女学者でもなく、ただの女であった事を自覚しました。
美貌も才覚も魅力もない、価値のない、ただの間抜けな女だった事に気が付いた絶望は計り知れなかったです。勉強こそが、女のお洒落だとか言った人は多分、飛びきりの美人だったのでしょう。
可愛くて美人で愛想があって、気が利いて「頭がいい」なら、人生のルーザーになりっこありません。自分がなれると信じていた様な才女って、男で言うと「ただしイケメンに限る」のあれみたいでした。
無事、婚活市場で創痍した今は、ただのオタクでただの鉄です。誰かにアピールするでなく、したい事を自分の稼いだお金で可能な限り、したいだけしている今も幸せなのかもしれません。黒崎蘭丸の歌を聞いていると、頭の9割方が彼の声で占められるので、自ずと迷いも悩みも消え、幸せになります。
■以下、CCさくら雑感です。
・知世は、「思いは口に出して伝えないと伝わらない」と言う。さくらに対してはそうだと思うが、小狼がさくらを異性として好きなのは、知世・苺鈴・エリオル、あと利佳ちゃん達にはバレバレだと思う。
知世からして、エリオルと観月先生が恋人同士である事を、誰に言われた訳でなく、見抜いている。知世なので、思考回路の中心には常にさくらがいて、小狼と話していても、さくらがその場にいてもいなくても、話題の中心はさくらである。
「気持ちを伝えようね」という知世は、「さくらを愛するためになら、一生未婚で子なしでも絶対後悔しない」くらいの熱い女である。撫子を愛して束縛したために、かえって逃げられた母を見てるからこその、小狼への応援だと思う。
知世が言葉巧みに、さくらの思いを自分に向けさせ、女同士のカップル同然にまで仕上げる事は可能だったろう。しかし知世は、それはさくらの幸せではないと判断した。いつまでも自分を「お友達」としか認識しないさくらへの諦めと母性であり、一生撫子を失った悔やみと怒りと寂しさで苦しみ続ける、母園美への猛烈なアンチテーゼにも思える。 |
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