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...... 2018年02月10日 の日記 ......
■ 「常識」   [ NO. 2018021001-1 ]

■県立図書館から、水村美苗の続明暗を借りました。チラッと読むと、文体が後期の漱石に非常に似ています。コピペしただけで自由に使える文体ではないので、期待大です。

漱石と言うと小宮です。タイトルがまんま夏目漱石という小宮の本を読んだことがありますが、最初から最後まで漱石賛美でした。漱石は妻子には悪鬼の様な存在だったと思いますが、外面は悪くなかったらしいです。

小宮の書いた中に、「こんな不道徳な義父母を持った漱石だが、自身の正義感によって立派な大人になった」とかあったと思います。否定はしませんが、当時、漱石の義母の立場は余りに弱く、複雑で、漱石を養子にして暮らしを楽にしたかったのだろうなと思います。



■昔から自分の中には、大きく欠落しているものがいくつかあります。生きていく上では基本的に問題なくても、社会的にはいくつか面倒な事はなくもありません。異性への関心とか。

中学生の頃、田舎の共学ながら、いつも話題になるのは「好きな人」の話でした。当時から男性は全て敵だと思っていた私は、男性は好きになるものではなく、いかに世話にならないで生きられるかと言う、障害の一つでした。(※あくまで概念上の男性に対しての戦いです。恩師や仕事上の先輩等、お世話になった男性は多いです。)



中学生ながら、定期試験等で高得点を上げ、なるべくいい学校に進んで、いい所に就職して、絶対に男の世話にならない人生を送ろうと、13歳くらいの私は考えていました。そんな私のクラスメイト達は、「好きな異性」で盛り上がっていました。

部活仲間の女の子なんて、バレンタインが来たら泣くほど思い詰めて、さる先輩の家まで手作りチョコを渡しに行っていました。私も知らない先輩ではなかったのですが、「どこにでもいる偉そうな男」以上の感慨を彼に持った事がありません。



私は甘かったのだと思います。異性への関心は、14、5歳の時のイベントなんて軽い扱いではなく、生涯ついてまわる大問題でした。何故って、同窓生も周囲の女性達も、「異性への関心」あって、人生を歩んでいます。だから結婚し、子供を持ち、家庭人になっていきます。異性関係とはステイタスであり、あるいはそれ以上の大問題でしょう。

30歳を越えて、私は私自身に首を傾げていますが、いきなり婚活・お見合い・結婚してもロクな事にはなりません。結婚は運転免許証と違って、人生に必須らしいのに、(配偶者を)カバンに入れっぱなしにしておくことが出来ません。13歳の私が利根川に捨てて来たものを、30歳を越えた私が見つけ出し、拾い上げるのは無理です。自分にいらないと思ったものだから。

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