■漱石の坊ちゃんの清は、坊ちゃんの生母ではないかという説があります。説の真偽は分かりませんが、坊ちゃんは「女中」の清を、使用人だからとか学問ないからとか馬鹿にせず、四国からまっすぐ清の側へ帰って来たシーンには泣かされます。
PAPUWAで高松が、すねようが3年無沙汰だろうが、平気でキンちゃんの手伝いに来るくだりも、ノリは同じだよなと勝手に思っています。坊ちゃんの父親は清に、「女中」としては破格の待遇を与え、驚く事に坊ちゃんの兄も清には一定の敬意を示しています。
つまり清はただの「女中(使用人)」ではなかったと言えそうです。高松もただの団員ではなく、一族の人間関係をかき乱しても許され、御曹司達の教育や健康面を任されたりと、多分マジックとただ事ではなかったと思います。
ですがあれこれ仮定すると面倒なので、「高松のルーザー様への一途さがマジックに一目置かれ、キンちゃんも亡父への高松の思慕をごく自然に受け入れている」と思うだけでいいと思います。
■英国を舞台にしている小説を読むと、紅茶とサンドイッチという取り合わせがよく出て来ます。日本人の麦茶とお握りみたいなものかなと思いますが、どうも英国と言うだけでリッチなイメージが付きまとうので、自分の感覚が怪しくなります。
多分谷崎も、外国かぶれだった時同じ事を思ったと思います。蓼食う虫で、ペーストとキュウリのサンドイッチを食べる女性が出て来るのですが、軽食にしては楽しまず、食事にしてはボリュームが足らないせいか、美味そうに食べていません。
英国のお金持ちは。「いつも獣肉を食べていて、サッとアフタヌーンティ的におつまみするために、あえて高価な野菜だったキュウリを「薄い」パンに挟み、腹の足しにならない様な食べ方をあえてする」らしいです。群馬の農村のおやつは「ガッツリ食べる」ためのものなので、全く違う観点の軽食?です。
英国のお金持ちの様に、獣肉や乳製品をガッツリ食べて、ちょっと小腹がすくからパンとキュウリを食べる訳でなし、日本人がいきなりハイカラなキュウリのサンドイッチを食べても、慣れないと満足出来ないでしょう。自分もキュウリならお漬物にして、白飯が食べたいです。
■細雪を完読しました。学生の頃から数えて10回くらいは読んでいるんじゃないかなと思います。御牧が登場してくると、物語が加速的に進み、大団円とは言い難いのですが終焉が来ます。
雪子の婚礼の時、まだアメリカと開戦していません。真珠湾攻撃が昭和16年12月の事です。雪子の婚礼が昭和16年の春の事で、新婚旅行は「初夏の大和路をめぐる」との事です。
昭和と言う時代がいまいちいイメージできない時、細雪の幸子達の生活が日本人の平均だとは思えないにせよ、少しだけ参考になります。荷風の玉の井通いが昭和11年開始だそうで、荷風の贅を尽くした生活が営まれていた頃と、大体細雪の主な時代は重なりそうです。
荷風が主食にしていた「パン」も、思えば贅沢品で、日本人のお店ではなく、確かドイツ人が焼いた黒パンしか食べなかったはずです。超がつく程の贅沢が、金さえあれば戦前は出来たと言うことです。よく、「貧しかったけれど幸せだった昭和」とか誰か言いそうですが、谷崎の作品や、荷風の暮らしを思うと、随分印象が変わります。 |
|