 ■自分は「車酔いをする」と思っていました。昔、父や父方の親類と(嫌なのに)車で日帰り旅行をすると、吐き気に苦しみました。小中のバス旅行も同じで、(仲間外れにするクラスメイト達の中にいて)気分転換したくて食べたお菓子を、旅行先の公園で嘔吐しました。
今やっと分かったのですが。一人で海外旅行だの、温泉地へ癒しの旅などに出て、車酔いした事は一回もありません。多分、「なんでこんなバスないし誰かの自家用車に乗らないといけないの、胸が苦しい、うるさい、暑い、酒臭い・・・」と気持ちの上の嫌さが、体に出ていただけだったみたいです。
■声優さんの出て来るドラマCDをよく聞きます。ヒーロー役で森川さんが出て来る事が多いです。森川さんと言えば、かつてジャンをされていた事もあります。そのまま南国2が完成されていたら、と妄想させます。
あんな男らしい声の同級生がいたら、サビが人生を左右されたのも秒速で理解、マジックも数多の新入生からジャンを見出すのは秒だったでしょう。
■かずはじめ先生の風天組を読みました。もともとの読み切りの方の青年キャラを少年にして、舞台を学園にした感じです。
ジャンプと言えば「喧嘩」で、スラムダンクや幽白、ドラゴンボールも「喧嘩」シーンは多いです。ただ亀仙人が言っていたと思うのですが、「自分のために人を殴ってはいけない」等のジャンプ的な線引きが昔からあったと思います。悟飯じいちゃんの「女性に優しくしてあげよう」という教育もありました。
かず先生の場合も、濃厚に「ジャンプである」という意識があるから、マインドアサシン、明稜帝・・・と作品が徐々に変わって行ったのかなと思います。マインドアサシンの奥森先生のゾクゾクするようなセクシーさなどは、今見ても健在だし、明稜帝のメチャクチャさは今でもいいなと思います。
今にして思うと。セージのメチャクチャさは、「女性」関係に本人が絡んでこないから、危うく成立しているのかなと思いました。女性と言えばほとんどモブで、御幸は「にぎやかし」だった気がします。
伊織は?と思いますが、多分セージと伊織は、年齢的に入籍していないだけで、入籍意外は全部済んでいるんじゃないかなと思います。散々、「この学校は俺のもの」「生徒も教員も俺のもの」と叫ぶセージが、伊織にはツベコベ言わないあたりが、そういう事なのかなと思いました。
風天組は、セージのそういう古風な男性な面や、奥森先生の「本当にやばい所」がない分、キャラが自由だったんだろうと思います。存分に自由に、根っこがセージや奥森先生的な「やばさ」がなくもない少年達が動くとどうなるのか、という実験的なマンガだった気がします。
ラックスティーラーの様に、「人情」一点張りで話を作る事も出来るのだから、あえていつもの青年キャラを縮めたような無茶を犯すのは、ギャンブルだった気がします。ただ、ジャンプにおいて、しっとりした人間関係だけで話を進めるタイプの漫画は、大変やりにくかろうと思います。
(アウターゾーンや、ぬ〜べ〜は人情ものでもあり、怪談チックな枠と言えそう。面白い時は面白いのに、怖い時はトラウマレベルだった。) |
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