 ■以下の通り、観劇だの読書だの仕事だのしていますが。心の本業である、同人原稿は月曜に入稿しようと思います。完成したアナログ原稿を汚しでもすれば困るので、手元に置いておくのが怖くなりました。小説の誤字脱字、項数など確認したら入稿です。
夏は。グンマが高松に復讐する話と。「青の一族とキンちゃんと高松」の話になるのかなと思います。グンマと高松については、グンマ以外、実父も法律も高松を償わせるに至らない点が大きいのかなと思います。高松は、書類送検さえされていない気がします。
キンちゃんは。一族内でかなり発言権がありそうなサビと、気まずいのかなと勝手に妄想します。サビの恋人を殺した(死んでないけど)のがルーザー様だから。ルーザー様はその辺の償いもあって、キンちゃんに自分を殺させたのでしょうが、それでサビが納得するかどうか。そもそも「ジャンを殺した」一点にサビの怒りが向き、ルーザー様についてサビが考えようとしないのでは。
■品川プリンスで、青春鉄道のミュージカル・スピンオフを見て来ました。9日からの公演でして、ほとんど初日みたいなものかもと勝手に打ち震えていました。
ミュージカルの雰囲気は、まんま青春鉄道です。別解釈とか来るのかなと思いましたが、ほとんど変更ない印象です。西武池袋はドラマCDで遊佐さんがされていましたが、大筋の印象は同じです。遊佐さんの声の方が気持ち高めなのかなくらいな感じです。
いい意味で宗教なのが西武だと、改めて思いました。「各路線の思い」とかもあるのですが、統制の取れ方がまさに西武でした。実際の団体等とは関係ないと明言されていますが、公演の場所がプリンスな事に愛とかつい感じます。今回観劇に行ったのは、その辺の高揚も大きかったです。
(今回の公演と関係ないが。自分より一世代上の人達には、苗場プリンスと言えばディズニーかUSJかという、破壊力のあるキラキラした場所だった。自分も幼少時に一回だけスキーしに行った。スキーブームの衰え、経済の低迷等で夢物語に思える。品川はまだ全然キラキラしていると思う)
■宮本百合子の伸子を読み終えました。女史の初期の作品らしく、今後プロレタリア文学の傾向になるらしいです。縁があればそちらも読むと思います。
野上弥生子が、伸子にライバル心むき出しの小説を書いたという事を聞きかじったのですが。中が言っていた様に、「詩人じゃない」野上女史には向かないジャンルの様な気がします。「女の内面」なんて。
漱石の弟子の一人だった野上や、岩波さんや。他大勢の男達、そして従順な息子にも恵まれ、実家の弟の家とも濃厚に付き合っている野上弥生子に。「詩」は無用に思えます。カネも男も腐るほどあった人。
野上女史は格好よく言えば詩、ポエム、ありていに言えば妄想を必要とする種類の人間ではないと思います。マッチ売りの少女のように、マッチの火の中に「ご馳走」「優しかったおばあさん」とか見てしまう心境に、野上弥生子がなるんでしょうか。
伸子のエンディングに、女の意地を見た気がします。佃は彼女を(彼なりに)愛していたと執拗に書いています。嘘っぽいなと思うんですが、まさか「彼にとって私はゴミの様なもんだった」とは女は思いたくないでしょう。
(佃は愛しているだの、君に尽くすだの、犠牲だの言うけど、彼女が何かお願いしてもロクに聞かない。学者なんかしているから頭はいいと思うが、自分大好き過ぎて気持ちが悪い男だった。
伸子の序盤で、これまた執拗に「佃は偽善者」「貴女は不幸にされる」「佃は信用できない」等何度も書かれている。ラブロマンスの序盤にしてはどうかと思う出だしだが、高慢と偏見ではないので、本当に佃がダメで冷たい男だったと言うオチ)Content-Disposition: form-data; name="image"
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