madeingermany

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...... 2019年11月05日 の日記 ......
■ 響け   [ NO. 2019110501-1 ]

■ドストエフスキーのよくしゃべる人物達の言葉を読んでいると、漱石の小説を思い出します。漱石もこころや猫などで、語り部=主役な時があります。先生や行人のHさんの様に、あり得ないくらい長い手紙を書く人も稀ではありません。

自分の読んでいる文庫には、各本ごとに解説がついています。そういう解説を自分は頼りにしてしまいますが、結構翻訳者や研究者によって意見が異なる場合もあるようです。

ナスターシャが、なぜ狂っているとまで言われてしまうようになったのか。幼女の頃の性的虐待のためで、本当に愛人にさせられていたのだと言う人と、いや、彼女はそんなことないと言い切る人と、両方いるらしく驚きました。



漱石を思い出すと。劇中に書いていませんが、例えば明暗の津田とお延は、当たり前ですが子供が出来る行為をています。あんなに憎しみ合い、嫌い合い、自殺行為寸前までの愚かしさを演じ合うのに、何故セックスできるのか。まるで漱石と鏡子さんが、周囲に離婚しろと言われながら、明らかに子沢山(=漱石と鏡子さんがそれだけそうだったという事になる)だったのを、思い出します。

つまり。白痴もハッキリ書いていないだけで、ドストエフスキーが時々別の場所で書いている様に、「おっさんが美少女を性的にもてあそぶ」事が、ナスターシャにもあったのでしょう。彼女は無邪気に「彼のお嫁さんになる」とか思っていた時期もあったらしく、余計反動で永遠に「狂って」いるのだろうと思います。治りません。




■響け!ユーフォニアムの続きを見ようと思います。根性ものと聞くと、安堵が増します。

しかし主人公や、他のキャラの美少女ぶりを見ると、何故その外見で地味とか言われるんだと思いました。京アニなので、小説の原作があって〜というノリと聞きます。



氷菓もそうなのですが、「すげえ美少女 これで悩みとかあるのか?」と一回でも思ってしまうと、話への入り込み方が迷子になります。美貌・カネ・地位・頭脳・崇拝等に恵まれたえるの悩みで氷菓は始まりますが、悩み?とか思ってはいけません 絶対にいけません

氷菓を小説で読むと、えるのウルトラ美少女ぶりが消えるので、全く印象が変わります。奉太郎も、イケボ・イケメンぶりが減少し、話の筋だけが輝き出します。



全然関係ないですが、舞台に立てる程の美少女で、本当の演劇の天才児で。大会社の社長からの熱い愛情までゲットしている、北島マヤがいつものように亜弓さんに「アタシって本当にダメで〜、取柄が無くて〜」とかやり出した時、亜弓さんがマジギレした回があったと思います。

亜弓さんにすれば、本当に腹が立ったんだろうと思います。ああいう怒りを示してくれるキャラには、そういえばあまり出会いません。「人の苦しみは人それぞれ」という民主的な空気が濃くなったのでしょうか。

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