■ポルノグラフィティを聞いています。タイアップ等が多いせいか、若く明るく元気な歌が多いです。内容は別れ歌でも。
こんなはつらつとした歌、自分がうっとり聞きほれているのを客観視すると赤くなってしまいます。こういう世界を自分のものにしたくて焦って、苦しんで、恥をかいて、「まあ現実に出来なくても歌を楽しむ事は可能」という境地です。
あと
自分の二次創作の原稿で「自分のもの」にもしたかったなと思います。曲と歌詞、歌唱力があっての「世界」なので、ただ「君のために死ねる」とか書き写しても「足らない」んだなと結構前に気が付きました。
シンタローなど、覇気も未来もガッツもあるキャラだといいなと思うんですが。ルザ高の場合、明るさがマイナス(設定、能力、性格、未来等)なので、「書き写す」事が難しい事にも気が付いてしまいます。ルーザー様って一生懸命になればなるほど墓穴を掘る人です。(マジック以外に対しても、懸命さが常に仇になるお人)
グンマ様も。「(高松および高松を過ごした半生との)明るく前向きな別れ」と思わせておいて、実は「コタ、シンの兄」という新たなる執着先が用意されているのが何とも。
あみちゃんのマンガは別れ萌えと言いつつ、長くなればなるほど、エドガーじゃないですが「癒えていない傷に癒えているふりをしたツケ」が出てくる展開が多く、痛々しい時があります。(カミヨミの八雲もそうだった)
■漱石者で多分一番読みにくいのは、明暗じゃないかなと思います。他の漱石作品だと、こころの先生や道草の健三など、お馴染みの性格の人達がいますが、明暗にはいません。
だから明暗は終われなかったんだろうと思います。彼岸過迄の方が、余程未完じゃ困る内容ですが、千代子をおいて須永が旅立つところで終わります。
旅に須永がどんな影響を及ぼすのかは分かりません。なんとなく当時の事なので、遠出して童貞を捨てて、あっさり「女なんてこんなもの」と千代子を見くびった態度で帰ってこられても困るんですが。
(漱石の場合。女をある意味見下し、妻を粗末にし、娘をいじめ、それでいて子供が10人くらいある、同じ奥さんで。性欲と思索は関係なかったらしい。須永も、当時の事なので散々旅先で女遊びをしても、それでも思索的には不動なのかもしれない。
女性は家庭を持つと別人のようになるけど、男はそんなものなのかもしれない。結婚すると女はダメになると漱石は言うが、結婚しても大人になっても、子供っぽい男の方がアカンと思う 性欲は人を大人にしない)
明暗なんですが
しばらく湯河原に行けない、湯河原方面、そして熱海の事が大変心配です。そのうち募金の機会があると思うので少し募金したいです。
明暗本編について。いつもなら、湯河原で清子とすれ違ったくらいで小説がスッと終わりになるはずなんです、草枕みたいに。安井から逃げ回った門の時の様に。
なんで清子と津田は、清子の部屋に他人の津田を入れてまで話をさせられているんだろうと思います。作家漱石の進歩とも言えるし、今まで「人妻と旅先で二人きり」という妄想があったから、一気に開花したのか。
けど妄想は所詮妄想だから、清子は幽霊のようだし、津田はいつまでも自分の都合しか考えません。明暗を漱石の新天地、則天去私のスタートと見る人が多いですが、自分は長くなり過ぎた夢小説のように思うのです。湯河原に行きたい。 |
|