■グンマの桐生が、時々日本一暑いそうです。
桐生と言うとわ鉄の始発駅があります。わ鉄観光〜サンレイク草木泊まではコロナ前に楽しみましたが、サンレイク草木〜通洞〜日光までバスで、というのはまだです。鬼怒川まで出れば、温泉も電車もあります。
わ鉄の終点は栃木県内です。県境を越えたという解放感とともに、コロナ後は桐生を出発点として、また泊まりつつ遊ぼうと思います。
(あの暑い桐生を支点にして、わ鉄等を日帰りで楽しむと、夏風邪をひくことが分かった。電車内はキンキン、桐生駅を一歩でも出るとカンカン、その繰り返しを一日すると、今の竹淵の様に非常に辛い状態になるらしい)
■毎日、生きるのに最低限必要な「明るさ」「希望」なんかは持つように心がけています。心のビタミン、鉄分等は足りていると思います。
(図書館に行って、日文の全集コーナーの前に立つと、軽度のストレスなら吹っ飛ぶ。誰それから受けたストレスと、「この全集全部読むのに何年かかるか」というストレスが脳内で戦い、勝利の鐘の音が鳴るから)
■ちょっとした「?」を書くのは、どうか許してください。オリンピックの開会式はテレビで見ない事にしました。
・おおらかとは
都合の悪い時にしか聞かないかもしれない言葉に、「おおらか」があります。スカートの中をのぞかれた!!「もっとおおらかになれよ〜」、お尻を電車内で触られた!!「昔はこれくらいおおらかに許された」等
ろくでもない時にしか使わない言葉のように思います。司馬遼太郎のエッセイ等でよく読んだ、「明るい時代だった」「おおらかな時代だった」等も、一二回は疑って読もうと思います。よく考えると、女性には全然嬉しくない時代であった事もあります。
(売春宿が今より沢山あった時代=性におおらかな時代、嘘やんとしか思えない おおらかなのは買う方だけなのでは)
・親の言う平等とは
私は年の離れた弟と妹がいるんですが。長年「一人っ子」「最愛の孫」等として振舞っているなか、急に「お姉ちゃん」になったと言われ、気が動転したものです。
(2月生まれなので、4月5月生まれの子達と発育が違った事、発達障害気味で一向に協調性が育たなかった事等から、「お姉ちゃん」と程遠い人生だった)
親や周囲の愛情は、一気に小さき命に向かうし。自分は重責を負うしで、パニックでした。しかし親には「次子も同じように愛そう」という思いがあり、別に私を見殺しにした訳でも、バカにしていたわけでも、捨てたわけでもないらしいです。
また相続の時でも。私に預貯金が多めにあって、弟妹が余りなかったら、間違いなく、私の相続分は減ります。同じように相続させたら、「不平等」なのだそうです。おかしい、先に生まれただけで、真面目に貯金していただけで、愛も金も与えられないんだという事実 |
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