■谷崎の蘆刈を読みました。
アニメ的にぶっ飛んでいる話なので、むしろアニメ的に読むのが正解なのかなと思います。昨今、谷崎のエロやグロを数値的に越えるエンタメが多いので、難しい立ち位置です。
(昔の発禁ものとか読んでも、あんまりエロくない意味で)
昔はあれこれ、どうにかして「理想の女」「理想の家族」を紙の上で捏造して、命を与える労苦があったと思いますが、近年は「24歳の六つ子が働きもせず、サラリーマンの父に頼りっきりの生活。互いに協力したり、喧嘩したりして暮らしている」というのも普通にあるし、同人的な方向性で言えば、そういえば谷崎が普通に見える気もします。
(谷崎は女は悠々と暮らしても可だけど、男にはきつめなので、多分女の六つ子で足の綺麗な子達の話なら嬉々として書きそう。現実的に谷崎の時代、六つ子が生き残れなそうだけれど)
(少し前の「暴力女キャラ」とか、女性拝跪に繋がるんじゃないだろうか。ギャグの場合、ハリセンで突っ込むくらいのカジュアルさになると思うが。
卍の百合ぶりも、百合に限って言えば昨今そんなに珍しくない。
でも百合カップルに、夫がのめり込み、百合カップルの一人であった妻を捨て、もう一人の百合カップルだった女性を愛し、結句三人で服毒心中を図るが、妻のみ生き残り、壮絶だった時間を平然と口述する、のは珍しいほうじゃないかなと思う。
設定や人間関係なら、谷崎よりもっと奇抜なものがあると思うけど、「描き方」のプロ的ないやらしさが谷崎は天才だったと思う。)
蘆刈は。お遊さまの、ぶっ飛び具合をどうとらえるかなんだろうなと思います。ナオミの様に、具体的にどうこうという事もなく。そういう風に育ったと言う一点で説明されています。
本当のお姫様だという事なんでしょう。ただしお姫様にしては、妹の夫を狙うというよろしくない女性です。責任感のなさが、美しくもなんともないです。子供の死についても、責められて当然でしょう。
(語り手の父と、お遊さまのたわむれの箇所がこの小説のキモなのだろうけど、大変気味が悪い。こういうたわむれを書きたくての舞台設定なんだと思うけど、結婚して女性が「ただの女」になるのがイヤという、わがままで薄情な欲求の結晶なんだと思う。
書いちゃうのが谷崎と言うか。一期一会的な綺麗さでキリッと書くのでもなく、ダラダラと関係者一同を地獄に落として自分だけが楽しむ感じの) |
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