 ・涼介と言えばバラですが
バラが多く出て来るウテナと、京涼って合うような合わないような、ちょっと合うような(合う部分は、潔くかっこよく・・・いや、京一ならどんな泥臭い手段でも、多分、選ぶときは選ぶからどうだろう)
(ウテナは絶望の話。
両親を失い、悲しんでいるウテナを昔の暁生が「救った」のが始まり。「王子様になりたい女の子」である「滑稽」なウテナは、アンシーと言う現実に打ちのめされ舞台から下りていく・・・・
そこからのウテナの根性と、アンシーの旅立ちが泣けるのだけど、これは「無力」な少女達のお話 又は、幼かった頃の冬芽、意地っ張りの西園寺、未熟な幹、頑固な樹璃達の、「自己革命」を夢見る話
この辺は劇場版の方が分かりやすいかも)
涼介の「無力」感と、京一の挫折的なものは、物語ではあるけれども、あいつら男だしなあという一点で、ウテナ的ではないと思う
男、しかも医者だの、屈強なエボ乗りだのという、上野千鶴子先生の言いではないけど、「最初から人類の上半分のポジションの人達」。涼介と京一が女じゃなく、男だってのはそう言う話。
涼介と京一の、個々のドラマは置いておくとして (渉さんも、金銭的な面の嘆きはあれども、和美の「女だから」的な面は分かんないだろうなと思う)
ウテナは現実に負け100万本の剣にさされ、アンシーは兄の闇落ちで現実を体現したような魔女になった
同じ言葉で語っていいのか分からないけど。京一にとって現実とは、多分、自分の力でつくるものなんだろうなと思う。頑健な男の考えそうな事と言うか、女性の「現実主義者」と、男の「現実主義者」は違うと思う。
香織さんも現実と言っていたけど。彼女の場合、限りなく受身な「北条凛の女になり、彼を受け入れて子供を産み、死ぬまで彼と暮らす」人生のビジョンが、彼女の現実だった。なんてひどい
涼介にとって現実とは、多分。お父さんの病院そのものなんだろうと思う。言葉を覚えるのと同時くらいに、医者になって家を継げと言われて来た・・・・なら遅くないかMFの婚姻?・・・
京一が挫折を知らない訳ないし、努力する男なのは分かる。ただ、もし京一が女性に生まれて来たら、今の半分もパワーが出ないかもなあと思う。
拓海も涼介も、女体化で妄想できるけど、京一だけは出来ない。あの生き方は、実に男性的。 |
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