 ・やむを得ず仕事頑張ったら、お腹痛いです。
・松本清張の統監(1967年刊)を読んでいます。漱石の猫(1905〜1906年)に、「壁に新聞が貼ってあって、伊藤博文暗殺の記事だった(暗殺は1906年)」というのがあるので、統監であったのは結構前なことです。
漱石の世界がほぼ日露戦争後(1904年日露戦争)なので、そんな時代だなと。漱石がほとんど政治について書かないのでピンと来ませんがそんな頃
鴎外の舞姫(1890年)が有朋の頃なので、本当に明治の初めの世界なんだろうなと。(るろ剣が大体明治11年 1878年頃 剣心は維新志士)
三四郎(1908年)で、「戦争のせいで景気が悪くなった」というのは、日露戦争の事。清張の統監で、「戦後景気がよくなった」というのは食い違いますが、庶民と芸妓の世界の違いでしょうか。
ちなみにWW1は1914年 漱石の死と明暗の未完が1916年。漱石はWW1の最中に、津田やお延、清子の事を書いていたんだと思うと感無量
子規が中国に行ったのが1895年日清戦争時。漱石の渡英が1900年、子規の死が1902年なので、漱石は子規の最後に会えなかった。
・・・つらつら書きましたが、清張、なんで市井の暮らしを書いた方が面白いのに、歴史上の人物等を題材にしたがるのかなと。論文じゃないし、「伊藤はスケベな爺さん」って書きたいだけ?
・話題の前橋市長選 くだんの元市長も出るそうです。このままだと、「群馬で仕事の打ち合わせをする時は、連れ込み宿に男女二人、男は既婚子持ちでも可☆移動は市民の税金でによる公用車で!」という新常識が出来そうで心底アレだなと。 |
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