 ・西洋の本を読む時、宗教的な知識がないと困るかも、とはよく言われますが。東洋的な本を読む時?の儒教系知識って、あっても別に楽しくないんだよなと
儒教の何が悪いってことはなく、孔子様も「一番大切なのは思いやり」と言います。(※解釈はあるのだけど、「女性と徳のない人は扱いにくい」と言ったのは孔子)
が
・要は年功序列の男尊女卑で、為政者や、血縁の中でも「上」「男」のための思想 女性は全く大事にされない(女性同士にも完全なランキングがあるので、全く生きていて楽しくない考え方)
・ちなみに一方の思想?の老荘の方は、神仙思想などまで考えれば、これまた「男がいつまでも若く、長く生きて、きれいな女性と子供を沢山つくる」のが大きな目的なので、あんまり大差ない気が
中国史を思うと、為政者って最後は神仙思想に行きつくしなあと(始皇帝、漢の武帝など)
・中世の修道院を舞台にした小説は読めても(教皇と皇帝の対立の頃なので、ガチで中世)
インノケンティウス三世が13世紀の人。教皇権絶頂期で有名、今読んでいる薔薇の名前はもう少し後のイタリアが舞台
・日本人 ・女性 ・自称「マイナーな存在」 ・作家?自由業?年齢は「やや」上 若いとは一般的に言えないかもしれない世代
(この世で女性に生まれたが最後、マイナーな存在で一生を終えるのはむしろ普通なのだけど)
の書かれるエッセイは読みにくい場合があるなあと。田山花袋ばりの、「アタシの性欲!」みたいなテーマに始まり、多少、苦労・苦痛・孤独・悩み・・・について書いてあっても
「でも!あたしには!理解してくれる彼氏がいて!!頑張れるの〜」みたいなノリになっていくから ああ最後は男なのか・・・と
この場合、女性作家さんにしっかり感情移入して
恋とセックスと、苦悩?に同調して最後まで読んで
アタシもアナタもめでたしめでたし、になる前提なんだろうなと そんな数冊を読んでそう思いました(歌謡曲などと思えば、いきなり「男と別れた」的なハイテンションを目の当たりにさせられるのはむしろ普通か) |
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